作者自身の頭の整理のためのメモです。その時々の思いを綴っていきますので、過去記事と内容の重なりがあるかも知れません。(リンク・フリーです。) Photos in the articles: Courtesy of Tarisio Auctions
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メロディーらしく聴かせるために
自分の大好きなメロディーを弾いて録音してみると、案外、表情が乏しくてがっかりすることがあります。それは、往々にして、弾いている自分が、そのメロディーを誰かが美しく弾いているイメージに心酔していて、自分が出している音に注意が向かないためですね。

ちょっとした注意を払うことで大きく変わる可能性があるのは、音の弾き終わりのところです。弾き始めは、きちんと音が立ち上がるようにとか、汚い雑音が出ないようにとか、いろいろ気をつかう人でも、弾き終わりには無頓着であることがあります。

これは、その音でフレーズが終わる(=休符に続く)場合もそうですが、フレーズの中の音、特に、弓を返す直前の音への注意が散漫になると、フレーズ全体が冴えない演奏になってしまいます。

弓の返しの前の音で、意図せずにディミヌエンドになっていないか、意図せずにヴィブラートが止まっていないか、ということに注意するとよいと思います。ヴィブラートに関しては、フレーズの最後までブリブリとかけ続けると、せっかくのフレーズの邪魔になってしまうこともありますね。

意図せずにディミヌエンドになってしまう原因として、弓のスピードが落ちている場合があります。弓の返しを準備するようなイメージになってしまうのかもしれません。弓の返しで雑音が出ないように、と考えすぎると、ソッと返すようにしようと、弓の返しの前で弓のスピードが落ちてしまうことがあります。その場合は、ソッと返すというイメージを改めないと改善しないかもしれません。荒療治としては、逆に、少しクレッシェンドにするようなつもりで練習してみるのもよいと思います。弓を返す瞬間まで弓のスピードを落とさないようにする練習になりますので。

ヴィブラートは、右手に注意が行き過ぎると止まってしまうことがあります。それは、そもそもヴィブラートを「かけよう」という気持ちを持ちすぎているためであることが多いと思います。「かけよう」と思ってヴィブラートをかけると、どこかに無理な力が入ってくることが多いですね。また、これとは別に、左手の指を変えるときに、いつもと言ってよいほど一瞬ヴィブラートが止まっている場合もあります。このような場合は、左手の指を、次の指を置いてから前の指を上げるようにして、2本の指が弦を押さえている状態でヴィブラートの練習をすることにも効果があります。

メロディーの話から一般的な話になってしまいました。。。
# by violink | 2011-02-12 15:59 | Phrasing | Comments(1)
長くて速いパッセージを上手く弾くには
長くて速いパッセージは、そのパッセージの中の個々の音がクリアに聞こえにくいと思います。それは、弾く方に自信がないことの裏返しであることも、往々にしてありますが、そういう気持ちの問題は別にしても、実際に、たとえば、スラーの中の個々の音は聞こえにくい面はありますね。

まずは、頭の中できちんと歌えるかどうか。これがクリアできないと、その先はありません。というのは、頭の中で歌えないと、一回一回の練習の中で、上手く弾けたのか、どこに問題があったのかを見極めることができないからです。

その上で、長いパッセージの中で音符のグループをいくつか作り、グループ毎に意識を切り替えながら弾いてみるのが効果的だと思います。グループの作り方は、ある程度規則性があった方がよいと思います。例えば、サラサーテのチゴイネルワイゼンの最初の方に出てくる、G線の開放弦から始まる4オクターブの上行のパッセージは、GHD、GHDとか、GHDGHDとか、音のグループをイメージして、その最初の音を意識しながら弾くようにすると、上手く行くかも知れません。
# by violink | 2011-01-16 10:49 | Phrasing | Comments(0)
マスター・クラスを聴講して
本日、とある高名な先生のマスター・クラスを聴講してきました。曲目はチャイコフスキー、メンデルスゾーン、シベリウスのコンチェルトです。

3人の受講生は、皆さん10代後半の将来を期待される学生さんたちで、それぞれ完成度の高い演奏をされていました。先生は、それぞれの作品の特徴を踏まえて、いろいろな音楽的な面からのアドヴァイスもされていましたが、技術的な面で、3人に対して共通してアドヴァイスがあったことは、合理的なボーイングやフィンガリングの提案です。

同じ効果が期待できるなら、ミスなく弾ける可能性の高いボーイングやフィンガリングがよいに決まっていますね。それが分かっていても、自分で考えるボーイングやフィンガリングは、自分が習ってきた先生の考えや、自分自身の経験の中から、ある程度決まったパターンのものになるのだと思います。

マスター・クラスのように、第三者たる先生からのアドヴァイスは、その意味で参考になりますね。私にとって参考になったポイントは、以下のようなことでした。

<ボーイング>
①全ての音で弓を返すのではなく、ダウン・ダウン、アップ・アップのような弾き方が楽なこともある。
②スピッカートのニュアンスは弓の寝かせ方によっても変わる。
③音量のために弓を駒に寄せ過ぎると音色がきつくなり過ぎるので注意。

<フィンガリング>
①シフティングでなく指の伸ばし(特に4)でとることによって楽に弾ける場合がある。
②弾いた後で指を指板に残しておいた方が弾きやすい場合がある。

<その他>
①フレーズの中のクレッシェンド、デクレッシェンドの音量のコントロールに気をつける。
②フレーズの中の同じ音形の音程が段階的に高く(低く)なる場合は、その音形ごとに意識して歌っていくようにする。
②フレーズの中の一音一音を歌うヴィブラートは、一音を狙ってかけるヴィブラートのように細かく速くならないように気をつける。

いろいろ気づきの多い機会になりました。これからも、できるだけ機会を作って、聴講してきたいと思います。
# by violink | 2011-01-15 23:41 | Motivation | Comments(0)
インテンポの中での揺らぎ
テンポと言えば、楽譜に指定されているテンポのことですね。速度標語であることもあれば、音符当たりの数字(1分間にその音符がいくつ入るか)であることもあります。

例えば、8小節間のフレーズが目の前にあるとして、これを厳密にインテンポで弾くとどうなるでしょう。そもそもテンポ設定が速い場合や、細かい音符が続く場合は、むしろ厳密にインテンポで弾く必要がありますが、逆に、ゆったりとしたフレーズでは、インテンポの中でのテンポの揺らぎがあって、初めて音楽らしくなってきます。

これは、例えば2拍とか3拍とか、そのフレーズを構成している小さなパーツ毎に微妙にテンポを揺らしているためですね。音から音に移るタイミングや、最初の音を弾き出すタイミングを多少インテンポより前後させることで、同じフレーズでも、いろいろなニュアンスを帯びてきます。

そのような微細なテンポの調節によって、同じフレーズでありながら、素っ気なくもなれば色彩豊かなものにもなります。いろいろ工夫してみると楽しいですね。

なお、同様のことは、テンポだけでなくダイナミクスについても言えると思いますが、ダイナミクスについては、別の機会にしたいと思います。
# by violink | 2011-01-12 12:41 | Expression | Comments(0)
音程で色彩感を表現するために
同じフレーズでも、音程のとり方一つで明るくも暗くもなりますね。音程を高めにとれば明るめ、低めにとれば暗めのイメージになるといわれます。そのときの重要なポインは半音の音程ですが、基本的な捉え方として、半音の音程は全音の1/2ではなく(たとえば、Esの音程はDとEのちょうど真ん中ではない)、高めか低めのどちらかになるべきものだと思っています。

これは、①音階の中の半音(たとえばC-durのE、H)と、②曲中にいろいろ出てくる半音、の2つに分けて捉えられると思います。

①音程の中の半音
C-durのEとHは、それぞれF、Cに寄せて狭い音程でとるのが普通ですね。これによって、スケールが引き締まって聞こえます。(ただし、これは旋律を弾くときの音程で、和音を弾くときは事情が変わります。)こうした半音を広めにとりがちですが、広い音程でとる(E、Hを低めにとる)と、何となく緊張感のないイメージが醸し出されます。(憂鬱なニュアンスを持つ旋律などでは、敢えてそのようなイメージを狙うことがあるのかも知れません。)

②曲中にいろいろ出てくる半音
①の応用ですが、その半音がどのようなスケールの中で出てくるか(①に関連します)、ということだけでなく、伴奏形との関係も加わって、響き全体として自然に聞こえる半音の音程が決まってきます。旋律が自然に聞こえる音程と、和声が美しく響く音程が時として異なるため、前後関係や音価の長さなどを考慮して一方に妥協する必要も出てきますね。

いずれにせよ、バイオリン弾きにとって、音程は、画家がパレットに取り出す絵の具のように、よく考えて最良と思えるものを選ぶ、というプロセスが伴うものだと思います。あまり考えすぎると頭が痛くなりますが、「音のパレット」を豊かにする作業自体は楽しいものです。

その作業の一環として、CDの演奏を聴き比べてみると、同じフレーズなのに人によって音程が様々であることがわかります。正しい間違いではなく、表現したいイメージの違いとして聞き比べると、表現の手段としての音程が、よりはっきりみえてくると思います。
# by violink | 2011-01-10 10:02 | Pitch | Comments(0)
弓元・弓先以外の場所から弾き始めるときに
ボーイングを決めるときには、ダウン・アップだけでなく弓元・弓中・弓先のどこを使って弾くかも考えますね。弾き始めるのは、弓元か弓先が多いと思いますが、それ以外にも、弓先1/3とか弓元1/4とか、弾き始める弓の場所を工夫することがあると思います。

弓のどこからでも弾き出せる技は、意識して練習しないと身に付かないと思いますが、この技があると、音価に応じた弓幅を使える可能性が高くなるので、フレーズ感を表現しやすくなるなどのメリットがあります。基本は、弦の上に弓を置いて安定してから弾き出す、ということですが、弓を置いている時間を最小限にする、言い換えれば、弦に触れた瞬間に弾き出すことができるのが理想です。

そのためには、弓のその箇所で弾き始めるときの3要素(速さ、重さ、駒からの距離)をよくコントロールすることに加えて、弓が必要以上に跳ねないように、できるだけ弦に近いところから着地させるのがポイントですね。弓の弾力が邪魔をしないようにしてやる必要があります。

この奏法が上手くいくためには、弓自体の性能もかなり関係してくると思います。感覚的に言えば、1mmでも0.1mmでも弓幅に応じた音が出る弓であるとよいのですが。。。そういう要素も関わってくるので、こういう奏法もあるのだ、ということを頭の片隅に置いておいて、時々、練習の合間に思い起こしてみる程度がよいかも知れません。
# by violink | 2011-01-10 02:24 | Bowing | Comments(0)
フィンガリング次第で楽々と
新しい曲の練習を始めるとき、まず最初にすることは、フィンガリングとボーイングを決めることだと思います。フィンガリングというと、大抵の場合、ポジションを決めて指番号が決まって。。。というアプローチだと思いますが、その結果、とても弾きにくいフィンガリングしか思いつかず、途方に暮れることもあります。

そこで、フィンガリングを決めるときのアプローチを多少緩めて、①同じポジションでも指の伸縮で広い音程をとる、②伸ばした指で音程をとった上でポジション移動を行う、③ハーフ・ポジションを活用する(①、②、③は独立したお話です)ことを許容すると、驚くほど簡単に音がとれることがあります。

もちろん、基本形は、ポジションを決めて指番号が決まって。。。ですので、これがきちんとできることが前提です。というのも、上に書いたことを実践するときに、音程の基準となる指がいつもはっきりしていることが大切だからです。それによって、基本形と伸縮形(とでも言うべきか)の違いを左手がきちんと認識することができます。

最近練習した曲の中では、たとえば、モーツァルトのコンチェルト第4番の第3楽章の途中で出てくる、D-Fis-H-Fis-D-H、B-Cis-E-Cis-E-Cis、H-D-Fis-D-Fis-D、Cis-E-G-E-G-Eで始まるフレーズ(どこだか分かりますか?)を弾く際のフィンガリングで、上記のアプローチを取り入れたところ、驚くほど弾きやすくなりました。

文字だけでは伝わりにくいかも知れませんが、フィンガリングを決める際の一つのヒントとしてお伝えすることにしました。
# by violink | 2011-01-08 08:26 | Fingering | Comments(0)
「回転ボーイング」の極意
「回転ボーイング」と聞いてピンと来る人は、とある先生(もともとはヴィオラ)に習ったことがある人だと思います。(ここでは匿名にしておきます。)

ボーイングの基本練習の中でも最も基礎的な、ダウン、アップの全弓を、それぞれ何度も続けて弾くものです。ダウン、ダウン、ダウン、、、アップ、アップ、アップ、、、というような感じです。ダウンでもアップでも一弓を弾き切ってから、半円を描くように腕を大きく回してもとの位置に戻るので、回転ボーイングと呼ばれてい(るのだと思い)ます。

この練習は、あまりにもシンプルであるために、考えなしに繰り返すという悪弊にも陥りやすいのですが、その一方で、ボーイングの基本をマスターし確認するために、これ以上の練習はありません。それは、左手のことを考えない分右手の動きに集中できるということと、右手もシンプルなロングトーンなので、余計なことを考えず、発音の瞬間や、ロングトーンを弾いているときの脱力などに気持ちを集中できるからです。

特に、発音については、単にきれいに弾き出せればよいということではなく、弾き出した瞬間から楽器をフルに鳴らせるボーイングを目指す必要がありますし、また、駒から指板までの間のどこを、どのくらいの速さで、どのくらいの重みを乗せて弾くのか、いろいろな組合せを試行錯誤しながら研究することも必要です。

そのためには、余計な(=より複雑な)要素を取り払って、シンプルな練習に徹するのが得策ですし、「回転ボーイング」はその代表例だと思います。

「回転ボーイング」以外にも、シンプルな練習はいろいろありますが、数ある練習方法の中でも、手間がかからず、また、練習の最初の「儀式」にも最適です。自分のボーイングのアラを見つける手段にも使えるので、短い時間でも日常的に取り入れていければと思います。
# by violink | 2011-01-04 15:53 | Bowing | Comments(0)
音程の狭さと音質の豊かさ
昨年もすっかりご無沙汰してしまいましたが、みなさん、バイオリンの勉強は捗って(はかどって)いるでしょうか。今年は、いろいろ気づいたことを、できるだけブログ(またはTwitter)を通じて発信していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

さて、昨年末に、保存状態のよい1690年代のクレモナの楽器を弾く機会がありました。音の面で普段使っている楽器との違いを感じたのは、音程の許容範囲が極めて狭いことと、音量・音質のバリエーションが極めて広いこと、の2つだったと思います。

特に、音程が極めて狭いツボにはまったときの響きの広がり方は、普段経験できない規模のものでした。その結果、ヴィブラートも無理にかけようとしなくても、響きを揺らすような感覚できれいなヴィブラートがかかるように思いました。音程の上下でなく、響きの大小によるヴィブラート効果のようなものです。

ストラドほどの名器でなくても、構造上の問題がなく、また、調整がきちんとされている楽器であれば、音程のツボははっきりと認識することができます。その音程のツボを狭く深く開拓していくようなつもりで楽器を弾くようにすると、自分自身の音程感覚も磨かれますし、楽器も正しい音程に反応しやすくなりますね。

また、音程のツボを狭く深く開拓すればするほど、その周辺(=つまりごく僅かに音程がツボから外れている部分)で音質のバリエーションを増やすことができます。ほとんど音程に影響を与えずに、音のニュアンスだけを明るめ、暗めに持っていくことができるようになります。

今年は、こうした「気づき」をさらに推し進めて、実際の演奏の中でより自然に使い分けて行けるようになりたいものだと思います。
# by violink | 2011-01-03 19:10 | Instruments | Comments(0)
ポジション移動でヴィブラートが途切れないようにするために
久々に、練習に関するトピックでの投稿です。

後で録音を聴いてみたら、ポジション移動するたびにヴィブラートが途切れていた、ということはありませんか。

ポジション移動は、移動先の音程を気にすればするほど、左手も硬くなりますし、ヴィブラートも途切れやすくなると思いますので、まずは、無駄な力を入れずに、ポジション移動ができるようにすることが大切ですね。

その上で、ヴィブラートの動きとポジション移動とをシンクロさせる練習が効果的だと思います。
これは、一言で言えば、ヴィブラートの往復運動の向きがポジション移動の向きに揃ったところで、ポジション移動する、ということなのですが、これを精緻にやるのは至難の業です。

実際には、極めて遅いテンポでこのようなシンクロを行ってみることで感覚をつかみ、ある程度できるようになったら、そのイメージを大切にしてインテンポで弾いてみるということだと思います。

テンポを徐々に上げていく、、、という類の練習は必要ないと思います。が、一旦出来るようになったら後は無意識のうちにできている、という種類のものことではなく、ときどき思い出してチェックしてみる必要があると思います。

ポジション移動でヴィブラートが途切れないようになると、音楽の表現が格段に充実してきますし、楽器の響きも持続しますので、良いことずくめだと思いますね。
# by violink | 2010-06-27 22:29 | Vibrato | Comments(0)
Christine Walevskaのコンサート(6/6)
皆さん、ご無沙汰しています。
ご無沙汰している間にも、毎日多数のアクセスをいただき、ありがとうございます。

久しぶりにブログを更新するのですが、それはあるコンサートでの気づきからです。
タイトルにあるコンサートがそれです。

Christine Walevska(ワレフスカ)というチェリストをご存じでしょうか?
そう言う私も、先月までは知りませんでした。ネットで簡単に検索できますので、
プロフィールなどの紹介は割愛しますが、往年の巨匠のスタイルを彷彿とさせる演奏は、
チェロを聴いたというよりも、音楽そのものを目の当たりにしたと言った方がよく、
彼女の音楽観、人生観というようなものが伝わってくるような演奏でした。

youtubeでも、彼女の演奏を聴くことができます。

さて、気づきとは何だったか。。。

それは、一言で言うならば、楽器一つで表現できる世界の如何に広大であることか、
ということに尽きます。楽器から音を出すという作業とは別次元のところに、音楽を表現するということがあると思います。

個々の音楽作品に何を感じ、感じたものをどうしたいのか。
その内なる自分の思いに耳を傾けて、それが、表現したい、伝えたい、という思いに至るとき、生きた演奏が可能になるのでしょう。

そのような「生きた演奏」を目の当たりにして、小さなバイオリンという楽器の持つ可能性を、改めて教えられたような気がします。

とても素晴らしい演奏会でした。
# by violink | 2010-06-12 22:40 | Concert | Comments(0)
佐藤俊介のパガニーニ Part III
さて、前置きが長くになりましたが、CDを聴いての感想を簡単に書いてみたいと思います。

なによりもまず、ガット弦の音の広がりの良さが感じられました。新作の楽器だからか、音のきめ細かさとか、凝縮された感じはあまりないのですが、恐らく巻き線の弦よりも響きが豊富だと思いました。また、音がより自然に弓の動きに付いてくるという感じがしたことと、左手の指をしっかりと押さえなくても音になりそうな感じがしました。

当時のパガニーニの再現という意味合いもあるのかも知れませんが、それを措いても、サウンド的には面白いアプローチだと思いました。

それから、マイクが近い。佐藤さんのブレスや、指板を叩く音が聞こえてくる近さですね。ブレスの取り方は表現に直結することですので、佐藤さんがどのようにブレスを取っているのかが分かって、興味深いですね。ブレスの取り方という以前に、呼吸をきちんとせずに(=深く息を吸わずに)演奏してしまうことが多い僕には、反省点でもあるのですが。。。

後は、テクニックを聴かせるための作品、と捉えたときに、どのように表現すれば効果的なのか、ということが考え抜かれた演奏だと思いました。実は、この作品(カプリース作品1)は、テクニック的に難しいからか、きちんと弾けていることだけが伝わってくる演奏が多いです。聴いている人が思わず吹き出してしまうような、そのような滑稽さというか意外さというか、そのような部分まで「見せて」いる演奏は、多くはありません。が、佐藤さんの演奏は、そのような聴かせ方を意識していると思いました。

曲毎にも、フィンガリングとかニュアンスとか、いろいろと気づいたことはあるのですが、人それぞれだと思いますので、ここでは省略します。如何に楽に弾けるかは、脱力ももちろんですが、フィンガリングに相当依存すると思うので、これからも研究していきたいと思います。

Ruggiero Ricciが弾くこの作品のDVDが出ているのですが、しばらく前にそれをビデオで見たときに、「この人はなんと楽々この曲を弾くのだろうか。。。」と驚嘆したことがあります。そのようなアプローチをとりながら、僕自身もこの作品をじっくりと眺めてみたいと思いました。そういうモティべーションを与えてくれた演奏でした。

<本日の楽器>Giuseppe Lucci 1965
# by violink | 2009-07-13 01:13 | My Feeling | Comments(0)
佐藤俊介のパガニーニ Part II
パガニーニは、当時、どのような演奏をしていたのでしょうか。

このテーマについては、往年の巨匠Ruggiero Ricciが、"Ricci on Grissando"というタイトルで本を書いています。主として左手のテクニックについて、シフティングでの親指の役割や、同じ指で続けて音をとるフィンガリングのことなどが書かれています。

当時の演奏スタイルに思いを馳せるよすがになるだけでなく、現在の常識的なシフティングやフィンガリングよりも、楽に演奏できる方法があることが分かり、とても興味深いと思います。

それにしても、カプリースひとつとってみても、彼の作品は、明るくシンプルなメロディーと、超絶技巧の部分が随所で交錯していて、超絶技巧だけにこだわると、メロディーのシンプルな美しさが犠牲になってしまうように思います。

その超絶技巧についても、確かに難しいことには違いがないのですが、彼が、このような超絶技巧を随所に盛り込んだ作品を書いた意図として、やはり、彼が出てくるまでは誰もやらなかったことを披露することで、聴衆を喜ばせるエンターテインメントの要素があるのではないかと思います。

バイオリンでこんなことが出来るのか!という新鮮な驚きと、何やら細かいことをネチネチとやっている「作業」の不思議な滑稽さとが入り交じって、当時の聴衆は大いに楽しんだことでしょう。

僕は、そのような要素を、パガニーニの演奏に期待します。
この点で、佐藤俊介のカプリースには、とても楽しめる部分が多くありました。

中には、僕が彼ほどの技術を持っていたならば、ここはこうしただろう。。。という箇所もあります。バイオリンを弾く人は、このような聴き方をするのも楽しいですよね。

<本日の弓> Joseph Fonclause

# by violink | 2009-07-05 21:47 | My Feeling | Comments(0)
佐藤俊介のパガニーニ
もう既にお聴きになった方も多いかも知れません。

佐藤俊介は、デビュー盤のイザイの無伴奏ソナタの演奏を聴いて以来、
僕の最も気に入っている演奏家の一人です。

その彼が、(裸の)ガット弦を張った新作の楽器で演奏したカプリースのCDをリリースしたので、早速、聴いてみました。

ドラマとか映画とか、何度も見直すと、その都度画面のどこかに新しい発見がありますよね? それだけ、人間の感覚はどこかにフォーカスしがちで、全体を捉えにくいものだと思います。

これは彼のカプリースにも当てはまると思います。既に10回以上聴いていますが、
そのたびに、新しい発見がありました。

一言で言うならば、恰も見慣れた名画の、作曲当時のビビッドな色彩感が再現されたという感じです。そこには、こうであっただろう、こうでありたい、という演奏家の思いも当然入ってくるはずなので、パーツ毎には好みに合う合わないがあるかも知れません。

詳しくは、いずれの機会に。。。

<本日の弓> Etienne Pajeot (school)
# by violink | 2009-06-25 06:30 | My Feeling | Comments(0)
名演奏とは? PartII
名演奏とは。。。この質問を知人にぶつけてみました。

知人はプロの演奏家との交流が多い方で、また、
プロになるために地道に努力をしている幼い人、若い人のその努力ゆえに、
こうした人たちに一種の尊敬の念を抱いている方です。

彼曰く、名演奏とは、行き届いた演奏とのことでした。
楽譜に書かれた情報をきちんと音にしていくためには、技術も必要ですし、
表現上も、バランス、音質、テンポなど、言葉にし切れない要素も含めて、
いろいろな視点がありますね。

これらのことに一通り目配りができている、ということ自体が大変なことだと思いますが、
逆にそれだからこそ、「行き届いた」演奏は、それ自体が名演奏だと思えるのかも知れません。

僕もバイオリンを弾く人間ですので、人の演奏を聴くときに、どうしても、
演奏者の耳で聴いてしまいます。そして、
名だたる巨匠の演奏に感動してきた一方で、
巨匠とされない演奏家の「行き届いた」演奏にも、大いに感銘を受けてきました。

結局は、名演奏というラベルを貼るかどうかの違いでしかないのかも知れません。

<本日の弓> Andre Chardon


# by violink | 2009-06-25 05:55 | My Feeling | Comments(1)
名演奏とは?
お久しぶりです。あっという間に今年も5月末。
月日の経つのは本当に早いものですね。

さて、「名演奏」と言われる演奏に出会うことがありますが、
自分で「名演奏」を選ぶとなると、相当難しいですね。

目線を少し変えて、自分が良いと思う演奏についてはどうでしょうか。

自分にとって心に響く演奏は、「名演奏」だから心に響くのではなく、
言葉以前に心に届くものがあったからだと思いますし、自分にとってはそうでも、
他の人の心には響かないこともあるでしょう。。。

そんなことに思いを巡らせながら、さて、僕の心に響く演奏はどんな演奏だろうか。。。
一言で言うならば、ひと味違う演奏で、自分の感性にしっくりくる演奏ですね。

最近の世の中では、差別化という言葉もよく使われていて、それを気にする余り、
違いを作ることが先になり、違うことをもってよしとするような風潮すらあります。

これは本末転倒ですね。

人それぞれ違う環境で生まれ育ち、生活しているのですから、
同じものを見聞きしても、感じることは同じではないはずですよね。

そういうところから、人の感性はそれぞれですし、
演奏の違いも自ずから生まれるのでしょう。

その違いが聞こえる演奏は、興味を持って聴くことができますし、
そういう演奏の中に、僕の心に響く演奏があると思います。

多少大げさな言い方をすれば、その人が生きていて、音楽作品を音にしている、
というプロセスがひしひしと伝わってくる演奏でしょうか。

こんな思いを秘めつつ、普段聞き慣れたCDを聴いてみると、
そこに何らかの発見があるのは、面白いことですね。

<本日の楽器> Mario Gadda c.1970

# by violink | 2009-05-25 03:18 | Performance | Comments(0)
ご無沙汰してしまっております。。。
気づいてみたら、昨年は、1年近くもブログを更新していませんでした。
この間、根気よく立ち寄ってくださる方も(RSSも?)多く、もうすぐ10万アクセスです。
どうもありがとうございます。

さて、ブログは更新しなくても、僕自身にとって、バイオリンの魅力はさらに大きなものとなり、少しでも本来の明るく輝くバイオリンの音色に近づくため、自分の奏法をじっくりとみつめることに時間を振り向けてきました。

そこそこの演奏に甘んじるのでなく、偉大な作品の真髄に少しでも触れられるよう、自分なりに腕を磨いてきたつもりです。また、演奏上の問題をできるだけ効率よく解決するための練習方法を見直してきました。

このブログでも、かつてその「ノウハウ」をご紹介してきましたが、レファレンスとして使うには、ブログは多少不便かも知れません。やはり、ブログはエッセイのようなものに向くのでしょう。

そこで、今年は、ホームページを立ち上げて、普段レッスンを受けていない(僕を含め)アマチュアの方々が、限られた時間を、より音楽作りの方に振り向けるため、奏法上の問題を解決する糸口をできるだけ簡便に見つけられるFAQ、HELP、トラブルシューティングのようなものにしていきたいです。

しばらくは、その準備で、またブログの更新が疎かになるかも知れませんが、少しずつ作り込んで、作成途中でも、準備がある程度できたところで、このブログでもアナウンスしたいと思います。

本年もどうぞよろしくお願いします。

VIOLINK
# by violink | 2009-01-01 01:02 | Others | Comments(1)
音と言葉
タイトルの「音と言葉」は、かの有名なフルトヴェングラーの著書の邦訳版のタイトルでもあります。その本の内容とは直接関係はないのですが、最近、音のことを言葉で表すことの虚しさというか、音のことは音に聞けのようなことを感じることが多くなりました。

音の持つ情報量は言葉の持つ情報量よりも多い、ということなのでしょう。それは生い立ちを振り返ってみれば至極当然のことで、言葉も文字も、人の意志をもって初めて発せられるが、音は、自然界で生み出されるところに発端がある。この違いでしょうか。

情報社会に生きている私たちは、技術の進歩によって、より多くの情報量をよりコンパクトにより速く伝える、というプロセスを日常的に感じながら生活しています。音楽に込められる情報量、情報の伝わる速さというものは、言葉の比ではないと僕は思いますし、それだからこそ、音楽にどれだけの情報を感じ取れるのか、それをどれだけ表現できるのか、ということと向き合うことへの無限の興味と喜びを感じるのでしょう。

最近は、ベートーヴェンのソナタを第1番から丁寧に譜読みをしています。ベートーヴェンが先達たるモーツァルト、ハイドンといった巨匠の後に生まれて、どこに自分の存在感を示そうとしたのか、譜面を読めば読むほど、そういう工夫というか主張が伝わってきます。そして、そのような主張をクリアに表現した録音もあります。また、演奏家のための解説本もシゲティやロスタルが書いています。これだけ勉強の材料が揃ったソナタはベートーヴェンのものを措いて他にはないでしょう。

しばらく先になるでしょうが、こうした取組みの成果を、ネットを通じて皆さんにご披露できるようになることを目標に据えて、これからも、日々時間の許す限り、精進していきたいと思います。
# by violink | 2008-02-13 05:14 | My Feeling | Comments(0)
佐藤俊介の小品集(CD)
元来、僕は余りCDを買う方でもないのですが、この佐藤俊介のCDは例外です。イザイの無伴奏ソナタでCDデビューするのも異例ですが、第二弾が小品集というのも意外でした。しかし、そういうところに、彼の主張が如実に感じられることで、僕にとって、まずこのCDが持つ価値となっています。

演奏について批評することはしませんが、ストラドのよい音を目の前で聞いたらこういう感じなのでしょうね。爽やかで明るくて、音を聴いているだけで森林浴をしているような、そんな気分にさせてくれます。

それにしても、かつての巨匠たちの演奏を目の当たりにするような歌いまわし。古きよき時代の、人々がまだ気持ちに余裕を持っていたであろう頃の、懐かしい響きがするのに、それだけでは終わらずに、明らかに巨匠たちとは違う表現が随所にみられることは、20台前半という彼の年齢からは、いささか不思議な感じすら覚えました。

恐らくは、幼少の頃から、単にバイオリンの勉強をしてきたというだけでなく、まさに巨匠たちの豊かな音楽を普段から耳にし、それが肥やしとなって、自分の歌の世界が形成されてきたのでしょう。借り物でないかくも格調高い音の世界に出会うのは久しぶりのことです。

生まれていない時代の音楽を、確実に次の世代(=今世紀生まれの人たち)に受け継いでいく伝道師のような役目を果たしてくれることを、期待したいと思います。
# by violink | 2007-09-22 22:31 | My Feeling | Comments(3)
レーピンのベートーヴェン
Grammophonから最近リリースされたCDで、レーピンが弾くベートーヴェンの協奏曲とクロイツェル・ソナタが入っているのを、聞きました。

HMV池袋で、ふと流れてきた聞き覚えのあるティンパニの音から、「ああ、ベトコンね」と、これだけで終わって、レジを済ませて店を出るはずが、ラックの間をうろうろ徘徊しながら、結局、この曲の最後まで聞く羽目になりました。

一言で言えば、これまで幾多のCDで聴いてきた曲たちであり、僕自身、それなりのベートーヴェン像というものを持っているつもりなのですが、随所随所で、それをいとも簡単に超越してしまう、そして、これこそが本当のベートーヴェンに近いのだろうと瞬時に思わせてしまう箇所が、そこかしこに見つかる、そんな演奏でした。店で全曲聴いてから、そのCDを買うのは、今回が初めてです。

何がベートーヴェンの本当の姿なのか。そんなことを自問してみても、恐らくベートーヴェン自身の中にしかないものなのでしょうから、確たる答に辿り着く可能性はゼロだと思いますが、少なくとも、今まで聴いた演奏とは違う何か、というよりも、今まで聴いた演奏以上の何かが、これらの作品から引き出されている、と感じました。

ベートーヴェンの解釈について、レーピンはメニューインを相当に意識したそうです。そして、今回が、彼にとってのこれらの作品の初レコーディングだそうですので、ベートーヴェンを表現するということへの、彼の姿勢や執念のようなものも、一緒に伝わってくるような気がしました。

そして、いつも通っている道で、いつものように道端に転がっている「小石」が、ふと見るとダイヤの原石だった。。。ほかにも何か宝物が転がっているかも。。。と、今からわくわくしている、というのに似た「余韻」が残っています。
# by violink | 2007-09-16 05:17 | My Feeling | Comments(0)
パイプオルガンと声楽
2日前、とある教会で開かれたコンサートに出かけてきました。教会堂いっぱいに響くパイプオルガンの響き、そして、声楽家ご夫妻によるソプラノとバリトンの競演も、集まった人々の心をつかんで離さないものがありました。

パイプオルガンと声楽、この2つの楽器は、それら自体が、他の楽器とは違う要素を持っていると、僕には思えます。

パイプオルガンほど響きに拘って作られる楽器はありません。聞くところでは、教会堂やホールのように、パイプオルガンを設置する場所の響き具合を考慮して、パイプオルガンの設計はなされるようです。そこまで考えられた響きを、僕たちは耳にすることになるのですね。空間全体が鳴っているという実感を、パイプオルガンほど持たせてくれる楽器はありません。

そして声楽。我々にとって一番身近なはずの「声」ですが、声楽ともなると、声の張りとつや、そして響き、音量と、日常で馴染んでいる声とは、まるで別世界ですね。人間の可能性への挑戦のような側面もあるでしょう。「よくもあんな声が出るものだ」という感想を、声楽の演奏を聴くたびに持ちます。また、意味までは分からないものの、音としてクリアに発音されるイタリア語の歌詞も印象的です。

さて、このパイプオルガンと声楽。教会堂いっぱいに広がる豊かな響きも、面的に広がる響きと、一点から放射状に広がる響きとを、一緒に楽しむことができました。

と、コンサートの感想を書くのが目的ではないので、焦点がぼけないように、曲目の紹介は割愛させていただきます。(笑) で、何が目的かと言いますと、パイプオルガンと声楽は、バイオリンの目指す唯一(唯二?)の楽器だということです。

楽器の中で一番声楽に近いと言われるバイオリンの明るいソプラノの音色、J.S.バッハの無伴奏曲に表現されたパイプオルガンの響き。こういうことに多少思いを馳せてみるだけでも、バイオリンの音色、響きの理想をパイプオルガンと声楽に見出すことは、さほど難しいことではありません。

そして、楽器の構造上は、これは理想であって決して到達し得ないだけに、そのギャップを何で補うか、という発想に意味があると思います。その答は簡単には見つかりませんが、日々、この究極の2つの楽器のイメージを持ちながら、バイオリンに接することが大切だと思います。

このように、心の豊かさとともに、バイオリンの演奏に関する幾多の示唆も得られたひとときでした。。。
# by violink | 2007-09-10 05:39 | My Feeling | Comments(1)
クラシック音楽の愉しみ
人それぞれクラシック音楽の愉しみ方は様々でしょうが、それにしても何と奥の深い愉しみだろうかと、思いを馳せてみました。

まずは楽器を弾く側。長い時間をかけて楽器の弾き方を覚え、その先には、作曲家の思いのこもった楽譜の解読作業。CDの聞き込み。それを人前で聴かせるための鍛錬。演奏仲間との喧々諤々の楽しい会話。本番でのお客さんとの微妙な駆け引き、それ以前にステージ上での死闘。そして、コンサート後の打上げへ。(これはアマチュアの特権でしょうか。)

そして、バイオリンの場合、ほかの楽器以上に切実な楽器・弓選び。子供の頃からの買い替え。大人になってからのグレードアップ。手元不如意の際には泣く泣く処分。(古い言い回しですね。意味分かりますか。)この処分というのは、通常はないですね。。。古くはパガニーニが賭博に負けて楽器を手放した、という話がありますが。まだまだ。不注意(?)による置忘れと盗難、保険金支払い、そして発見。楽器選びと言えば、買いたかった楽器・弓が、一足違いで別の伴侶のところへ、ということもあります。

そして音楽を聴く側。曲を知るプロセス、演奏家を知るプロセスでの膨大なCD購入、コンサート通い。音へのこだわり。オーディオ機材への興味・投資。巨匠もたじたじの演奏批評。比較「文化」論(=持論)の展開。突然別世界に連れて行かれて一人涙。楽器を取り上げて弾きたくなる衝動。BGMとして鳴らして雰囲気を堪能。などなど。

実にこまごまとした、様々な愉しみの集合体という気がしますが、話はここで終わりではなく、ここで「空」から「地上」を見下ろす気持ちで眺めてみると、そこには一本の「川」が全体と調和して流れていることに気づきます。

それは、作曲家の思いを演奏家が音にし、その演奏家の息遣いを手元に引き寄せてくるという行為に他なりません。(これはオーディオで聴くのもコンサートで聴くのも同じです。)まさに時空を超えた壮大な営みが、クラシック音楽の愉しみの底流として、しかも時を越えて絶えざる流れとして脈々と受け継がれてきて、これからも受け継がれて行くということにこそ、僕は奥深さを感じたのですね。

一生の友とするに相応しい、この「奥深さ」との出会いがいつだったかは思い出せませんが、この「奥深さ」に思い至ったのは、つい数時間前のことでした。(笑)
# by violink | 2007-09-04 06:19 | My Feeling | Comments(0)
弓の返しで音をつなげるには
ロングトーンの途中で弓を返さなければいけないケースがありますね。その返しをスムーズにやるためには、隠し技(?)として2つのことが考えられると思います。

まず、基本的な考え方として、返す前後で条件を変えてはいけない、ということで、弓のスピード、弓に乗せる重さ、駒からの距離があります。このうち3つ目は、弓の返しで瞬間的に変えることはむしろ難しいので、大抵は意識しなくても大丈夫ですね。

と、理屈はこうなりますが、実際には、これだけではどうしても音の継ぎ目が聞こえてしまいますので、工夫が必要だと思います。その工夫とは、弓を返す前に響きを作っておき、その響きを殺さないように返すということです。そのためには、弓を返す瞬間に向かって、弓のスピードをわずかに上げていくような、響きをどんどん増幅させていくような感じで弾くと、上手く行くことが多いですね。(あくまで「感じ」であることが大切です。)

もう一つは、ヴィブラートの工夫です。ヴィブラートは、音程の高いところが人間には聴こえやすいそうで、正しい音程をピークに下向きに揺らす、というのがほぼ常識になっていると思います。これを応用すると、ヴィブラートの音程のピークでないところで弓を返す、というアイディアが浮かんできます。

本当は、ヴィブラートの音程の一番低いポイントで返すのが、上の考え方に照らせばベストなのかも知れませんが、その一点を狙っても上手く行きませんので、多少、余裕を持って考えます。実験してみると、弓の返しが目立ちにくくなると感じられると思います。

尤も、この点だけに気をとられるようになると、本末転倒も甚だしいのですが。。。
# by violink | 2007-08-28 06:25 | Bowing | Comments(0)
テンポ、ダイナミクス、そして調性
昨日たまたま、とある著名なカルテットが演奏するラヴェルのカルテットの録音を聴いたのですが、とても表情豊かな演奏で、いろいろな気づきがありました。

その際たるものは、テンポとダイナミクス、そして調性は、お互いに独立ではなく、密接に関係しているということです。

本当は、こういう書き方をするのは本末転倒だと思うのですが、敢えて書きました。

例えば、誰かが自分の目の前で、楽しかった話、悲しかった話、つまらなかった話を順に話したとします。恐らくは、それぞれに顔の表情、声の調子・スピード・高さなど、楽しさ、悲しさ、つまらなさのニュアンスを帯びていたことでしょう。

しかし、話を聞いて、「彼の話は、顔の表情と声色とが密接に関連していてニュアンスに富んでいた」という感想を持つ人はいないでしょう。また、「よし、自分の話をニュアンスに富んだものにするために、顔の表情と声色との関連に注目しよう」とも思わないでしょう。

というわけで、本末転倒だと思うのですが、厳密に振り返れば、人間も、自己表現の形を習得するプロセスが幼少の頃にあったはずですし、ましてや、顔や声で自己表現することに比べてはるかに間接的な、楽器による自己表現となると、そのようなプロセスを意図的に経る必要があるとも言えると思います。

ここでは深入りしませんが、楽譜に書かれていることは、作曲家の思いを記号化したものであり、どうしても大づかみになっていると思います。半音の進行は、音程が連続したサイレンのようなものの近似値かも知れませんし、複雑にみえる音の組合せは、もっと複雑な音で構成される鐘の音を模したものかも知れません。

そういうところに、解釈の余地が生まれるのだと思いますし、今回のテーマにしたテンポ、ダイナミクス、そして調性の関係についても、例えば、アレグロとか、フォルテとかと明確に指定するほどではないごく僅かな変化を伴って転調が行われることで、その場所でその調性が持つカラーが引き立ってくるということがあるのだな、ということです。

そういうことを何よりも感じさせられた演奏でした。
# by violink | 2007-08-20 02:10 | Performance | Comments(0)
テンポを上げるときの注意点(先ほどの補足)
これは、ゆっくり練習することとも関連するのですが、ゆっくり弾けてもインテンポでは弾けないとき、考えられる様々な原因の中で、特に見逃されやすいことの一つに、音の立上りに必要な時間(タイムラグ)があります。

音が出るまでにかかる時間、そして、音が出てから楽器が鳴るまでの時間という、2種類のタイムラグがありますね。そして、速いテンポになるほど、一つの音の長さに占めるこれらのタイムラグが無視できないものになってきます。

もちろん、音の立上りは楽器や弓の性能にも依存しますので、練習方法だけの問題でもないですが、道具を取り替えるのは容易なことではないので、ここでは捨象します。

要は、ゆっくり練習するときには、音の立上りに注意を向ける余裕も比較的あるはずですので、インテンポで弾くときにも通用するような、立上りの良い発音を常に心がけることだと思います。

音が綺麗にピンと立ち上がったときの、あの何ともいえないキラキラした音を常にイメージして、憧れを持ちながら、楽しく練習したいものですね。
# by violink | 2007-08-18 23:03 | Tempo | Comments(0)
ゆっくり練習するコツ
弾けない箇所をゆっくりしたテンポで練習する、ということは、誰もが考えることなのですが、ゆっくり練習するときのコツを押さえておかないと、練習する意味がなくなってしまいますね。コツとは、テンポを落とすと、音の動きは遅くなり、音の長さは長くなりますが、それ以外の動きはインテンポと同じ速さでやることです。

例外は、ヴィブラートの練習や一弓連続スタッカートのように、手の動き自体をマスターするための練習で、こういう練習では、スローモーションのような感覚で、すべての動きをゆっくりさせて練習する意味があると思います。

逆に、楽譜を前にして、ゆっくりしたテンポから練習するというときは、スローモーションになっては練習の効果が上がりません。例えば、音の立上りの弓の動かし方とか、左手の指を指板に下ろす速さとか、シフティングのスピードとか、そういうものは、ゆっくりしたテンポであっても、インテンポと同じ素早い動きで練習することが大切だと思います。

要は、ゆっくり練習するというのは、いろいろなところに目配りをする余裕を持つためにやるのですね。弾けないところを弾けるようにするための練習は、それ以前の段階の話で、パーツ毎に分解して、スローモーションのようなこともやりながら、その動き自体を体に馴染ませるということだと思います。

ですので、テンポを徐々に上げていくというのは、いちいち目配りしなくても弾ける部分を増やして行くというか、このテンポならこの程度目配りをすれば弾ける、ということを、テンポを上げながら確認していくプロセスだと考えています。

# by violink | 2007-08-18 13:00 | Practise | Comments(1)
安定したボウイングのために
ボウイングが上手く行かない、という悩みを持つとします。上手く行かないとは、どういうことでしょうか。細かく見て行けば、弓が曲がる、弓が弾んでしまうなどなど、いろいろな「症状」が観察できるでしょう。これを逆に、何のために弦を擦っているのか、という問いかけから逆に攻めて行くと、音が上手く出ない、ということだと思います。

要は、綺麗な音を出すための邪魔になるような要素が多ければ多いほど、ボウイングが上手く行かない、という「自覚症状」が強く出ますし、また、どこから手をつけていいのか途方にくれてしまいがちですね。

「症状」の一つ一つに注目して、それを取り除こうとすると、これは「対症療法」であり、根本の原因を取り除くことはできないと思います。ボウイングの場合、綺麗な音が出るかどうかは、弦に腕の重みが綺麗に乗っているかどうかと密接に関連すると思います。ですので、腕の重みを綺麗に弦に乗せるための「手続」を出来るだけシンプルにすることが、安定したボウイングにつながると考えています。

ボウイングの「手続」をシンプルにするとは、どういうことでしょうか。それは、①力の乗せ方が同じときは腕の形を同じにするということと、②力の乗せ方が変化するときの腕の形の変化を最小限にするということだと思います。

そのためにまず、どういう腕の形であれば腕の重みが綺麗に弦に乗るのか、をきちんと把握することが肝心ですね。ここがベースになります。そして、①の関係では、例えば、同じ弦上のロングトーンを弾く時の腕の形はこれ、ということを腕によく覚えこませるということですし、②の関係では、移弦するときの弓の角度の変化が最小限になるようにするということだと思います。

ボウイングが上手く行かない場合、上記のベースの部分がしっかりしていないことが多く、また、同じ音なのに腕の形が変わっていることが多いですね。腕の形(例えば上腕の高さ)が変わると、それに応じて前腕の形を変えないと、同じ音は出ません。一部を変えると全体を調整し直さないといけなくなり、これはシンプルではない複雑な作業になってしまいます。

文字にしてしまうと、こんなところなのですが、皆さんはどのようにイメージされたでしょうか?
# by violink | 2007-08-15 06:21 | Bowing | Comments(0)
表現するためのボウイング
ボウイングは、そもそも音を出すためのアクションですが、音量、音色と直接関係するアクションですので、ボウイングと表現とは、常にセットで考えていた方がよいと思います。

オケの練習中に指揮者から「もっと歌って!!」とか言われることがありますよね。すると、意識はすぐに左手、それもヴィブラートに行きがちです。それは、指揮者のアクションとして、左手でヴィブラートをかけるようなアクションを見せて、「もっと歌って!!」を指示していることからみても、かなり一般常識的になっていると思います。

ところが、実際はヴィブラートよりもボウイングなのですね。ボウイングが関与しない表現なぞ、どんなにヴィブラートでがんばっても貧相なものです。ノンヴィブラートでもとても音楽的に聞こえるケースもありますし、それだけ、ボウイングによって表現される部分は大きいのだと思います。

さて、ボウイングで表現するためには、単に滑らかに一定の音量で音が出せればよいということではなく、その先を目指す必要がありますね。その先の目標は2種類あって、①弓のスピードを自在にコントロールできることと、②駒からの距離に応じて、特徴ある音色を作れること、ということだと思います。

まず①ですが、これはまず、一定のスピードでボウイングができることが基本ですね。その上で、弾き始めのところで瞬間的に音を立ち上げる(=瞬間的にスピードを上げる。)ことがあり、さらに、弓の返しで瞬間的にスピードを変えること、弓の途中で瞬間的にスピードを変えること、ができるようにするということです。

瞬間的、ということがポイントで、これがなかなか上手く行かないのですが、上手く行かないとどうしても表現がボヤけてしまいます。例えば、ピアノという楽器を思い浮かべてみましょう。ピアノは鍵盤ごとにタッチを変えることができるので、ここで言う「瞬間的」ということが、いとも簡単にできてしまいます。バイオリンでは、ある程度意識的にやらないと、瞬間的にスピードを変えられるようなボウイングには辿り着かないと思います。

次に②ですが、これは①ができることが前提となりますが、要は、駒からの距離に応じて、その場所で出せる音の特徴を余すところなく出そうとすると、場所毎にもっとも適当な弓の圧力とスピードの組合せがあるということです。これは、弓のスピードの制約条件にもなることなので、①の先で神経を使うべきことなのだと思います。

まあ、いずれにせよ、そういうことに気をつけることで、普段、左手のヴィブラートに頼りがちな表現の部分に、右手のボウイングをより積極的に関わらせることができるようになると、表現の幅はぐっと広がる可能性が出てきます。そこまで来れば、後は本人の表現のセンスの問題ですね。実は、ここが一番の鬼門なのですが。。。(笑)
# by violink | 2007-08-12 07:25 | Bowing | Comments(2)
音色を鍛えるためのイメージ作り
音色を鍛えるとは、何のことかと思った方もいらっしゃるかも知れません。要するに、バイオリンから美しい音を弾き出すためのトレーニングのような意味です。そのようなトレーニングのうち、楽器と弓を持って練習をする以前に、どのような音を美しいと思うのか、どのような音を出したいと思うのか、そのようなイメージ作りというか、内なる自分の発掘というか、そういうものを指しています。

古今東西、世の中にかくも多くの名手がそれぞれの音色を持っているというのは、もちろん楽器の持つ音の違いもあるでしょうが、その音色を持つ楽器を選んだということも含めて、美しい音の種類は、名手の数だけあるとも言えるでしょう。

自分にとっての美しい音とは、説得力のある表現とは、豊かな響きとは、などなど自問するプロセスが、とても大切だと思います。そして、生演奏ばかりを聴ける環境にない人にとっては、CDから生演奏をイメージできるような想像力も助けとなるでしょう。

CDから生演奏をイメージするとは、ライブでもなければいろいろなエフェクトがかかっているであろう人為的な味の付いた演奏を聴きながら、空間の広さのイメージ、自分と音源の近さのイメージ、そして、もっと演奏そのものに関わるイメージ、例えば、弓のスピードとか、弾いている位置とか、アップとかダウンとか、フィンガリングとか、どこでシフティングが入ったとか、そういうことにアンテナを張りながら聴くということです。

このようなことについて具体的なイメージを持てば持つほど、音楽鑑賞から離れてスタディの領域に入ってきますし、自分の演奏に示唆的なひらめきにもつながることも出てきます。いわばケーススタディのような意味を持つものだと、僕は考えています。
# by violink | 2007-08-11 21:53 | Sound | Comments(0)
フィンガリングの思い込み
新しい曲をさらい始めるとき、ボウイングとフィンガリングを決めるところから始めますよね。このうち、特にフィンガリングの方は、いろいろな思い込みのために、一番弾きやすいフィンガリングが思いつかないことが多いですね。

その思い込みの最たるものは、①弾く音の順番で音をとっていく、②単音のフィンガリングは一本ずつ指を置いていく、③引き終わった音は指を上げる、の3つだと思います。これらは、多くのフィンガリングについては、まさにこの3つが満たされることが、一番弾きやすいフィンガリングでもあるので、普段わざわざ思い起こすことすらないほど、当然のことと考えられています。

しかし、特に弾きにくい箇所では、この3つの「ルール」を敢えて無視してフィンガリングを考えてみると、極端な場合は、弾けないと思ったところがいとも簡単にクリアできてしまう、ということもありますね。

ガラミアン氏やブロン氏が監修している楽譜では、このような意味で弾きやすく工夫されているフィンガリングが付けられたものが結構あります。(音楽的にどうか、というのは別の次元の話だと思います。)

ここが弾けない。。。という悩みがある方は、そういう視点から見直してみては如何でしょうか。目から鱗ということがあるかも知れません。
# by violink | 2007-08-11 08:55 | Fingering | Comments(1)
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