作者自身の頭の整理のためのメモです。その時々の思いを綴っていきますので、過去記事と内容の重なりがあるかも知れません。(リンク・フリーです。) Photos in the articles: Courtesy of Tarisio Auctions
by violink
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表現の本質

「表現」という言葉が一人歩きしている、と最近思います。

日本語のあやかも知れませんが、「表現する」というと、
自動詞のようにも他動詞のようにも聞こえます。

それでなのか、「表現」と聞くと、どうすれば表現できるのか、という
方法論に一足飛びに行ってしまうような気がするのです。

表現できるツールが必要なのは、表現したい人であり、
逆に、表現したい人は、自分の使えるツールで表現するのであり、
自分の表現したいことに応じて、自分の使えるツールを増やしていくのだと、
僕は思うのです。

言葉を知らずに海外旅行をするときなど、ボディランゲージが活躍しますよね。
あれが良い例だと思います。

あくまで、表現したい気持ちが先にあって、それから方法論となるのですね。

もう一つ、

表現するという行為は、自己完結しているものだと思うのです。相手に伝わったかどうか、
というよりは、自分から相手に向けて発したということですね。

表現の良し悪しは、相手に発するメッセージの明確さであり強さであり、
それは、自分から発したところでもう決まっているものだと思うんですね。

相手に届くかどうか、ということに注意が向きすぎると、
自分の表現ではなくなってしまうような気がするんですね。

。。。これは僕が最近特に感じていることです。

表現するということについて、余計なことを考えすぎずに、
とにかく表現したいものを自分の使える方法で表現する、
というのが基本かな、と思う今日この頃です。
by violink | 2005-07-13 21:43 | Expression
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