作者自身の頭の整理のためのメモです。その時々の思いを綴っていきますので、過去記事と内容の重なりがあるかも知れません。(リンク・フリーです。) Photos in the articles: Courtesy of Tarisio Auctions
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<番外編>画家と演奏家の視点

昨日、練馬区立美術館へ、佐伯祐三という画家の展示会を見に行ってきました。大正から昭和初期に主にパリで制作に励み、30歳という短命で世を去った僕の大好きな画家です。その佐伯祐三の作品が約140点も集まる展示会は、東京では27年ぶりだそうです。

その作品群の中に、パリのノートルダム寺院を題材として、一日のいろいろな時間帯に同じ場所を描いたものがありました。そこで、モネがルーアンのノートルダム大聖堂を一日のいろいろな時間帯に描いたものをふと思い出しました。二人の描いた対象は違うにせよ、建物自体よりも光の違いこそが共通のテーマだったのではないか、と思いました。

言うまでもなく、我々が見ている色は、大抵の場合は光の反射を見ているわけですから、画家の描く絵の根底に、光というものに対する意識があっても当然だと思います。その光の移り変わりを描いたといわれるモネの上述の作品を見たときには、光という我々が見るものの根底にあるものをテーマとしていたことに、僕自身、少なからぬ衝撃を覚えたものですが、今回また同じ経験をすることになりました。

さて、画家にとっては光、演奏家にとっては。。。? それは音自体が持っているコクというか味というか輝きであろうと、僕は思います。明るい音とか暗い音とか、いろいろなニュアンスの音がある中で、無味乾燥ではない音というと淋しくなりますが、そうではない音、作曲家が自分の作品を作るときに自分のイメージの中で鳴らしていたであろう実のある音、そういう音を表現するのが、演奏家冥利に尽きることではないかと想像します。

色が多種多様であるように、音も多種多様です。そして、色が色であるためには光が必要であるように、音が音であるために必要な何かがあるのだと思います。そしてそれは、色ほど自然に得られるものでなく、やはり演奏家が作っていかなければいけないものなのだと思います。

こう思いを巡らすと、色から音、音から味や香りと、話がどんどん広がって行きそうですので、今回はひとまずこの辺でペンを置く(?)ことにしたいと思います。。。
by violink | 2005-09-24 07:19 | Others
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