作者自身の頭の整理のためのメモです。その時々の思いを綴っていきますので、過去記事と内容の重なりがあるかも知れません。(リンク・フリーです。) Photos in the articles: Courtesy of Tarisio Auctions
by violink
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生きているという感覚

日常生活に追われているときには決して感じないけれども、それがふと途切れたときや、何かのきっかけで、生きているという、ただそれだけのことが、何物にも変えがたい言葉に出来ない喜びというか充実感というか、そういうものを感じたことはありませんか。

普段気にしていることがうそのように気にならなくなり、何か本質的なものを悟ってしまったかのような感覚、自分が周囲のあらゆるものに置いている価値の序列が一瞬のうちに崩れて、これまでとは全く異なる序列に並び替えられたような感覚、そんな経験はありませんか。

僕は、ときどきそのように感じることがあって、そんなときにたまたま音楽を聴いていると、音楽がどうのこうのというよりも、そこに確かに存在している演奏家という一人の人間、その人間の生きざまに思いを馳せているのです。

もちろん面識もなく、その演奏家の生き方を知るべくもないのですが、それでも何かが伝わってくるような感じがするのですね。それは、音楽そのものというより、音楽に向かう姿勢といった方が近いかも知れません。

そして、そんなことを感じている自分自身。演奏家という生きている存在。その演奏を聴いている自分という生きている存在。そういう2人が同じ時代にたまたま生きているということに偶然を感じ、また、喜びを感じ、と何を書いているのか、自分でも分からなくなりつつありますが、、、、何か感じ取っていただけるでしょうか。

おそらく音楽に限らず、およそ人の営みに付きまとう「生」という感覚。でも、その営みの抽象性が高ければ高いほど、自分にとって共感できる可能性が広がるのだと思います。

音楽を聴いていて、こんなことを感じる状態にいつもなるわけではありませんが、僕自身にとっては、音楽の持つ効用というか特性というか、そういうものの一つには違いないと思っています。

音楽による癒しということも、案外、こういうことが背景にあってのことかも知れませんね。

这边中文版
by violink | 2006-07-04 01:25 | My Feeling
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