作者自身の頭の整理のためのメモです。その時々の思いを綴っていきますので、過去記事と内容の重なりがあるかも知れません。(リンク・フリーです。) Photos in the articles: Courtesy of Tarisio Auctions
by violink
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表現における「相対」と「絶対」について

オーケストラの弦分奏などで、「ここはヴィブラートをかけて~」とか「もっと大きく~」とか指示されることがありますね。こういう注意を受けると、「ヴィブラートをかけること」や「大きく弾くこと」自体に注意が向きがちで、言われたからやる、というモードになりがちです。

そもそも表現というものは、「ここ」や「あそこ」の表現がその前後と独立しているということは決してなく、常にその直前や直後との関係で、表現の内容が規定されてくるわけです。ですから、ヴィブラートをかけていない状態からかけている状態へ、とか、音量の小さい状態から大きい状態へ、という変化というか、それらの対比というものが、表現に意味を与えているのですね。

一方で、突然けたたましくなるベルのように、単にベルが鳴り出す前の静寂との対比ということ以上のニュアンスを持つ場合もあります。

要は、前者の表現は「相対」的なものであり、後者の表現は「絶対」的なものといえると思います。そして、「相対」的な表現ということを気にしていくようにすることで、表現の微妙なニュアンスの違いということに目が向きやすくなると思うんですね。

例えば、ヴィブラートの速さや幅ということに関しても、ノン・ヴィブラートの音との対比でヴィブラートを聞かせようとするならば、そのために必要なヴィブラートはごく僅かなもので足りるわけですね。恰も、鏡面のような水面(=そこに太陽がゆがみのない円形で映っているような)を僅かに揺らすことで、水面には今までにはなかった陽光の反射がみられるようになることと似ていますね。

このような、相対的な表現の違いを意識していくことによって、例えば、これまで3階調しかなかったグレーの色が10階調にもなるような、表現の幅が出てくると思います。それは、表現の有無の両方の極端を広げることではなくて、両方の極端に挟まれたレンジの中を有効に活用するというイメージになりますね。

このような捉え方をしつつ、表現の両端のレンジを広げていくように努めることで、表現のパレットには、これまで自分が想像しなかったような色まで含めて、多くの色の絵の具が並んでいくと思いますね。
by violink | 2004-08-23 23:21 | Expression
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