作者自身の頭の整理のためのメモです。その時々の思いを綴っていきますので、過去記事と内容の重なりがあるかも知れません。(リンク・フリーです。) Photos in the articles: Courtesy of Tarisio Auctions
by violink
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カテゴリ:Pitch( 16 )

音程で色彩感を表現するために

同じフレーズでも、音程のとり方一つで明るくも暗くもなりますね。音程を高めにとれば明るめ、低めにとれば暗めのイメージになるといわれます。そのときの重要なポインは半音の音程ですが、基本的な捉え方として、半音の音程は全音の1/2ではなく(たとえば、Esの音程はDとEのちょうど真ん中ではない)、高めか低めのどちらかになるべきものだと思っています。

これは、①音階の中の半音(たとえばC-durのE、H)と、②曲中にいろいろ出てくる半音、の2つに分けて捉えられると思います。

①音程の中の半音
C-durのEとHは、それぞれF、Cに寄せて狭い音程でとるのが普通ですね。これによって、スケールが引き締まって聞こえます。(ただし、これは旋律を弾くときの音程で、和音を弾くときは事情が変わります。)こうした半音を広めにとりがちですが、広い音程でとる(E、Hを低めにとる)と、何となく緊張感のないイメージが醸し出されます。(憂鬱なニュアンスを持つ旋律などでは、敢えてそのようなイメージを狙うことがあるのかも知れません。)

②曲中にいろいろ出てくる半音
①の応用ですが、その半音がどのようなスケールの中で出てくるか(①に関連します)、ということだけでなく、伴奏形との関係も加わって、響き全体として自然に聞こえる半音の音程が決まってきます。旋律が自然に聞こえる音程と、和声が美しく響く音程が時として異なるため、前後関係や音価の長さなどを考慮して一方に妥協する必要も出てきますね。

いずれにせよ、バイオリン弾きにとって、音程は、画家がパレットに取り出す絵の具のように、よく考えて最良と思えるものを選ぶ、というプロセスが伴うものだと思います。あまり考えすぎると頭が痛くなりますが、「音のパレット」を豊かにする作業自体は楽しいものです。

その作業の一環として、CDの演奏を聴き比べてみると、同じフレーズなのに人によって音程が様々であることがわかります。正しい間違いではなく、表現したいイメージの違いとして聞き比べると、表現の手段としての音程が、よりはっきりみえてくると思います。
by violink | 2011-01-10 10:02 | Pitch

音程に関するセンス

音程とは、正しい・誤りの二元論で割り切れるようにみえて、実はそうではないと思っています。というのも、プロのバイオリニストも、厳密には、一人一人違う音程感覚で演奏していて、それでいて、誰かが音程を外しているわけではないからです。(明らかに音程が。。。という方も、いらっしゃるかも知れませんが。。。)

ただし、聞いていて不自然に感じる音程というのは、確かにあると思います。自分の「音程体系」の中で、そういう不自然な音がないようにすることが、音程に関する勉強の到達点なのだろうなと思います。

では、音程に関するセンスとは何かと言うと、それは、自分の「音程体系」のバックグラウンドにある思想のようなものでしょうか。こういう箇所はこういう音程(高め、低めなど)でやりたい、というような思いというか、考えというか、そういうものを、自分の取り組む作品の中の要所要所について、きちんと持ち合わせているということが、即ち、音程に関するセンスがあるということではないかと思うんですね。

僕自身も、最近は、そういう意味でのセンスを磨くために、気を配っていますが、大切なことは、正解がないということで、何か正解を探すようなモードで取り組んでも、一向に解決しないのですね。むしろ、いろいろ試行錯誤しながら、自分にとって心地よいポイントを探っていくような感じでしょうか。そういう作業を繰り返す中で、逆に、自分にとって心地よい音程が「発見」できるように思います。

その「心地よい」音程が、他の人にとって心地よいかどうか、、、それは、、、また別問題でしょうか。。。(笑)
by violink | 2006-03-22 21:31 | Pitch

モーツァルトの音程

モーツァルトは難しい、とよく言われるのですが、最近、その作品をいくつか練習する機会があって、そのことを痛感しています。

何が難しいかと言えば、僕なりに感じるのは、音の出し方と音程ということです。

音の出し方というのは、グリュミオーの音のように、純度の高いサラッとした音を出すには、音の弾き出しをスムーズに行い、かつ、正しい音程で弾き出すことが不可欠ですが、これがなかなか難しいですね。

音程というのは、明るさと暗さをきちんと弾き分けて、しかも、明るくなり過ぎず、暗くなり過ぎず、という当たりで上手く泳いでいくのが、とても難しいです。音程のコントロールということを、一音一音の音程の正確さ、というミクロの視点からだけみていると、とても気が回り切りません。木を見て森も見るという離れ業が必要だと思っています。

さらに言えば、例えば、弦楽トリオについては、3つのパートの中でのメロディーと伴奏の役割分担だけでなく、バイオリンの中で第1メロディーと第2メロディー、ビオラとチェロが伴奏、という箇所がいろいろ出てきます。こういう箇所で、2つのメロディーを弾き分けて立体的に聞こえるようにすることも、難しいです。

それでも、このようなポイントを少しずつクリアしていく中で、自分なりに少しはモーツァルトらしくなったかな、と思えると楽しくなってきますね。
by violink | 2006-03-14 18:20 | Pitch

半音階の死角

速めのテンポの半音階が出てくるときに、僕がまず最初に考えるのは、フィンガリングです。というのは、半音階は指に覚えさせてしまえば、簡単に弾けるようになるからで、特に、できるだけ規則的なフィンガリングを使うように心がけています。

と、簡単にやり過ごしてきた半音階なのですが、最近になって、半音階の音程が異常に悪いことに気づきました。弾いているときも、後から録音を聞き返すときも、一音一音の音程が正しいかどうかを聞き分けていくことは、テンポが速過ぎてできないので、音程を直すにも、どの音の音程を直せばよいのか、直ちには分かりません。

もちろん、練習の段階では、ゆっくりしたテンポからさらうのは当然として、徐々にテンポを上げていくという練習をしていっても、インテンポで弾くとそれなりに音程の悪さが気になるということはあるものです。これは、一音一音が短すぎて音程を修正しようにもそれができない、ということとも関係があります。

そこで、どうするかですが、その半音階が属している曲の調性を考え、その調にとって重要な音(根音、ドミナント、サブドミナント当たりでしょうか?)のところだけでも、音程を気をつけるようにするわけです。それ以外の音は、割り切ってしまいます。

こうすることで、①注意を払うべき音を限定することで、音程の精度を上げることができる、②主要な音の音程がきちんとしていれば、半音階の動き全体も割と良い音程で弾いているように聞こえやすい、という2つのメリットがありますね。
by violink | 2006-03-14 05:34 | Pitch

音程への神経の使い方

バイオリンという楽器は、音程を自分で作る楽器なので、正しい音程の音を出すということに関して、音が出る瞬間まで気が抜けない面がありますね。この点は、ピアノと大きく異なると思います。

また、音が出る瞬間に神経を張りつめているかどうかによって、音程をアジャストするのにかかる時間が違ってきます。神経を張りつめて、正しい音程を頭の中で鳴らしながら弾くかどうか、ということですね。

こういう緊張感をもって弾いているかどうかは、人の演奏を聞いていても何となく分かることがあります。ある意味では、バイオリンらしい音は、このような緊張感を伴っていることで初めて出てくる、という言い方もできるのではないかと思ったりもします。

しかし、弾いている間ずっと神経を張りつめていると、無用に疲れますので、緊張感のコントロールが大切でしょうね。
by violink | 2006-03-09 12:42 | Pitch

major <-> minor のトーンの転換

転調の中でも、major と minor の間で転調するものは、どのようにしてその転換を聴かせるか、悩ましいところですね。巷で売られているCDにも、そうした「悩ましさ」をこなした後が聞こえる演奏と、そもそも何が悩ましいのか認識されていないと思しき演奏があります。

この問題は、major と minor のそれぞれの世界の中で音程がきちんと整っている、ということとは別次元の問題で、調がどうであれ、「majorらしさ」 と 「minorらしさ」 の違いをどう聞こえさせるか、という問題であるわけです。

僕が最近気を付けていることは、major から minor への転調では、標準的なピッチを全体的に低目に持っていくことです。極端に言えば、major では A=443Hz で取っているところを、 minor に転換してからは A=441Hz で取るようにするようなイメージですね。

これは、なかなか精緻にやろうとしても上手く行かないのですが、このアプローチをとることで、確かに、major から minor や、その逆の転調がそれらしく聞こえるんですね。

このようなアプローチが正しいのかどうか、自分には分からないのですが、現に、転調のニュアンスをよく表現できるので、これからも追求していきたいと思っています。
by violink | 2005-12-20 17:51 | Pitch

和音を色彩豊かに聴かせるために

和音を弾くときは、単音を弾くときには考える必要のなかったことが出てきますね。例えば、音量のバランス、音程の間隔です。左手の形もより複雑になりますし、そもそも指が伸び切らなくて正しい音程でとれない(!)などという、悲しい事態に遭遇することもあるかも知れません。

こういう難しさがあるので、単音のときにはある程度気配りできたことが、疎かになってきてしまうことが多いですね。それで、和音の響きがとても単調になってしまったりもします。もちろん、2つの音の音程の間隔には気をつけますので、そのレベルでの音程の問題は解決されていてもです。

。。。和音の響きが特に単調に聞こえがちなのは、和音を単発で弾くときよりも、メロディーを和音で弾いているときの方が多いと思います。それは、単音でメロディーを弾くときにはいろいろ工夫をする音程の微妙なニュアンスを、和音で弾くときにもきちんと出そうとすると、それ以外のことがすべて疎かになってしまいがちで、なかなかそこまで踏み込めないからだと思います。

そういう次元の高い問題ですので、練習をするときの優先順位は低くならざるを得ないのですが、常に心に留めておきたい問題ですね。

クライスラーが演奏する自作「ウィーン奇想曲」の中程からの美しい2和音のメロディーを聴きながら、ふと感じたことを書いてみました。。。
by violink | 2005-08-21 10:00 | Pitch

音程のセンスの磨き方

音程を明るめに暗めに、ということがあります。これを実際にどのように自分の音に当てはめていくのかを考えてみます。

明るめは高め、暗めは低め、という頭の中でのイメージはあるとして、どの音をどの程度明るめ(暗め)に弾くのか、となると、これは無数の選択肢があるので、ただちに「これ!」というものを拾い上げることは難しいと思います。

それよりも何よりも、人によって「拾い上げる」音程のセットが違うのです。では、何でもよいのかというとそういうものでもありませんね。何を手がかりにして、自分の「拾い上げる」ものの狙いを定めるのか。。。

それは、もちろん曲想なりスタイルなり、考え始めればいろいろ出てくるのでしょうが、僕は、和声進行こそが最も大切な手がかりだと考えています。

代表例とは言いませんが、僕に思いつく一例は、クライスラー作曲「プニャーニの主題による変奏曲」の冒頭部分です。G→Fis→G→A→Bと続くフレーズは、紛れもなくG-mollの和声をベースとしたものです。

このベースの和声をEs-durの3和音(Es、G、B)に置き換えてみましょう。雰囲気が変わりますね。さらに、C-mollの3和音(C、Es、G)に置き換えてみましょう。またまた雰囲気が変わりましたね。こういうことは、ピアノを弾きながらだと分かりやすいです。

このように、和音のベースが変わると、響きの雰囲気がガラッと変わります。その響きに合ったG→Fis→G→A→Bの音程をイメージしてみるのです。和音のベースごとに微妙に違ってくるはずです。どう違うかは、人それぞれの感性にもよるでしょうから、いちがいには言えません。

いずれにせよ、このような雰囲気の違いを自分なりに感じ、それを人にも分かるように表現しようとすることが、その人の音程のセンスを磨いていくのだと思います。

それに、、、

正しい音程は。。。と、ひたすら考え込むのではなく、このような雰囲気の対比の中で、自分にピッタリくる音程を探していく方が、はるかに楽しいですよね。
by violink | 2005-08-17 20:57 | Pitch

音程のもう一つの感じ方

音程についてコメントするとき、高いとか低いとか合っているとか、あるいは、明るめとか暗めとか、大抵はそのどれかで用は足りていると思います。

高いとか低いとか合っている、というのは、音程の正確さという視点からの捉え方であり、明るめとか暗め、というのは、実は音程というよりも音そのもののニュアンスに着目した捉え方です。これは、どちらが正しいということではなく、現実にこうした捉え方で音程というものは語られている、ということを言いたかったのです。

さて、僕は、音程をもう一つ別のニュアンスで感じようとしています。それは、一言で言えば、前向き・後ろ向きというニュアンスです。音程を高めに取れば前向き、低めに取れば後ろ向き、ということではなくて、前向きの気持ちを表現しようと思えば、テンポも前向き音程も高め、その逆であれば、テンポも多少抑制して音程も抑えて、というイメージです。

問題は、、、こういうことは結果としてそうなるということで、そうすればそんなニュアンスになるということではないのですね。気持ちの動きと音程やテンポの動きが自然にシンクロすることが大切だと思います。

そのためには、やはり、楽器を介してでない、自分の声での自然な表現を楽器に置き換える、という感覚を大切にすることだと思います。楽器から音を出す、というそれだけで、既に恣意的なことをやっているわけですから。

音程の話をしたつもりが、随分、広がってしまいました。そもそも音程のみを取り出して語ること自体に無理があったのかも知れませんが。
by violink | 2005-07-27 18:50 | Pitch

正しい音程とは。。。?

音程が合っているとか合っていないとか、よく話題になりますよね。さて、正しい音程って何でしょう? 理論的にはもちろん周波数レベルで言えることなのでしょう。が、我々は周波数の数字で音程を感じているわけではありませんね。

音程と調性とは切っても切れない関係にあると思います。そして、正しい音程とは、ある調性が持つカラーを示せているかどうか、ということではないかと、僕は考えています。

そうなると、調性毎のカラーの違いを自分なりに感じているかどうか、ということがまず出てくるんですね。人によっては色彩に例えたりします。風景に例える人も、季節に例えるひともいます。それは、人それぞれで良くて、その人なりのイメージがあるかどうかが、大切だと思うんですね。

特に、調性がめまぐるしく変わる(=転調などという生やさしいものでない作品もありますよね。特に現代の作品には。)ような曲では、そのパーツパーツ毎の調性のイメージを自分の頭の中で切り替えていけないと、そもそも正しい音程とか言ってみても、表現としては伝わらないのではないかな、と思います。

そうなってくると、ある調性から別の調性に移るというときに、その2つの調性の位置関係のようなイメージが大切になってきますよね。何から何に移ったというように聴かせたいのか、それが明確になっていないと、聴いている方にイメージが伝わらないのでしょう。

音楽とは、奥の深いものだと改めて感じています。

<今日のBGM: 
  1月下旬にリリースされたShunsuke Satoさんのイザイの無伴奏ソナタ>
by violink | 2005-02-06 23:54 | Pitch