作者自身の頭の整理のためのメモです。その時々の思いを綴っていきますので、過去記事と内容の重なりがあるかも知れません。(リンク・フリーです。) Photos in the articles: Courtesy of Tarisio Auctions
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カテゴリ:Performance( 14 )

心に届く演奏とは。。。

何でしょうね、心に届く演奏とは。。。

一番てっとり早いのは、自分のことを思い出してみることでしょうか。
良い音楽を聴いたとき、何か満ち足りた気持ちになります。

それは、過去の出来事についての自分の受け取り方を和らげ、
未来に向けて希望や期待という漠然とした明るいものを与えてくれます。

音が発せられてから心に届くまでには、耳を経て脳を経て。。。
そう考えると、多少堅苦しくなってしまいますが、

要するに、その人その人なりの受け取り方というものがあって、
どう心に響くかは、結局、純粋に個人的なものになってきますね。

それでも、例えば聴く人が10人なら10人、100人なら100人いて、
いろいろなことを感じてくれるような演奏。

人たちが集まって何かを感じてくれている空間。
そこでは、音楽はもはやBGMでしかないのだと、僕は思います。

逆に、そんな意味でBGMになり切れる音楽を追求していきたいと、
僕は思っています。。。
by violink | 2005-05-22 21:30 | Performance

弾きながらでは聞き取れないこと

練習や本番の内容を録音して後で聞き返すことが有益であることは、よく言われることです。そして、それはその通りなのですが、それでも、弾きながら注意をしていれば、録音までしなくてもある程度カバーできると思いがちですね。

録音してもしなくてもチェックできることと、録音しないと(=弾きながらの片手間では)なかなかチェックできないこととがあると思います。

録音しないとチェックできないことには、例えば、リズムの微妙なズレとか、音の長さの微妙な違いといったことがあります。傾向としては、符点のリズムなどは、テンポが速い方が厳し目のリズムになりがちで、その結果、そのリズムの動き自体が聞こえずらくなってしまいがちですね。また、音の長さについては、弓の返しの直前の音で意図しないディミヌエンドがかかってしまうことで、その音が短めに聞こえたり、そこで緊張感が抜けてしまうように聞こえるといったことがあります。

要は、音楽は聞こえてなんぼのものですが、それが意図したように聞こえないのであれば、聞こえるように工夫をしなければいけないわけですね。こういう観点からのチェックは、やはり自分を「聞く側」にきちんと置いてみないとできないことで、弾きながらの片手間というわけにはいかないと思います。

さて、話を戻しますと、符点のリズムが先ほど話したようになってしまうのは、恐らく自分の中で「リズムが甘くなってはいけない」という気持ちが強く、それが過度に音に表れた結果だと私は考えています。録音を聞くことによって、自分がやっていることとやろうとしていることとのギャップを感じ取り、それを補正してやる必要があるわけですね。

弓の返しの音については、自分が正しいと思っている音価よりたっぷり気味に弾くなどの「補正」を行うことが、時として必要になります。

ただし、自分の演奏を録音をすることが大切だと言っても、実は大切なのは、その録音を聞くときにどのような観点から聞くかということであり、そういう観点のレベルアップを心がけることが大切だと思います。音程を外した、とか、音が聞こえない、というレベルから始まって、上に書いたようなことにつながって、さらにその先も(=私の知らない世界)もあるのでしょう。本番の演奏であれば、会場の余韻との関係という観点もあるかも知れません。

アマチュアですから、あまり自分の演奏に批判的になるのもどうかとは思いますが、微分係数がごくごく小さな正の数値であっても正の数値であれば右上がりであるように、ごくごく小さな発見でもそれを続けていくことで演奏のレベルを少しずつ上げていくことができると思うので、普段から心がけていくといいと思いますね。
by violink | 2004-09-15 06:31 | Performance

説得力のある演奏とは

例えば、この人の生き様は...と思わせるような壮絶な人生を送った人がいるとします。その人自身は、ひたすら自分と向き合って一生懸命に行きぬいた...その人自身にとってはそれだけのことだったりするわけです。そこには、周りの人が壮絶だと思っているとかどうだとか、そんなことは眼中にはないし、どうでもよいことなのですね。

さて、こういう人の生き様に惚れ込んだ人がいるとします。そして、自分も人が圧倒されるような壮絶な人生を送りたいと考えたとします。いろいろなことを考え始めます。まず、何をもって人は壮絶だと考えるのか、とか、どうすればその壮絶な生き方をしていることを人に見てもらおうか、とか、さらには誰か発言力のある人に自分の生き方を評価してもらうような手立てはないかとか...そんなことになるのかも知れません。

でも残念ながら、この人の生き方をみて、圧倒される人はいないはずです。何かが違うんですね。

イントロがとんでもない書き出しになりましたが、説得力のある演奏というものも、大げさに言えば、説得力のある人生と同じような面を持っていると、私は思うんですね。

素晴らしい演奏にもいろいろあると思いますが、総じて素朴な演奏が多いものです。雄弁なスピーチが説得力を持つということと、奏でられた音楽が説得力を持つということは、根本のところで何かが違うのだと、私は思います。雄弁なスピーチは、人に強い印象を与えるための仕掛けがいろいろ組み込まれていて、ある意味で作為的なものです。説得力のある演奏というものは、その演奏家が音楽と向き合うその現場を傍らから垣間見させてもらっていて、その作業が本質に迫っていて素晴らしい、というような風情だと、私は思っています。

それくらい音楽を奏でるというのは、個人的なことだと思うんですね。その人自身にとって最も意味を持っているはずなんですね。その音楽と向き合うことにどれだけの意味を見出すか...自分が自分自身に課す課題であり、その課題に自分で答を出すということだと思います。

アマチュアは技術的にも時間的にも制約が多くて、なかなかこういう境地を味わえません。むしろ、美しい音楽を聴いて感動し、自分も及ばずながら音楽を作り出す過程に参加してみたいという動機から、我々は音楽を奏でることを喜び、楽しんでいるのだと思います。それでも、音楽を奏でるということは、実は自分自身が作品に向き合う孤独な作業なのだという感覚を、私はどこかで持ち続けていたいと思うんですね。

...今回の話は、自分に対するつぶやきのような内容になってしまいました。(笑)
by violink | 2004-05-10 02:14 | Performance

人前で弾くということ

バイオリンというのは、はっきり言って音の小さい楽器です。そのため、ただ弾いているだけでは、聴いている人に強い印象を与えることはできません。聴いている人に、自分の音から何かを感じ取ってもらうためには、聴いている人が自分の音に集中してくれるようにする必要がありますね。

聴いている人が引き込まれる演奏というのは、音の美しさはもちろんのことですが、やはり「見せる演奏」ということになります。

「見せる演奏」というのは、何を見せびらかすということではなく、まず、「自分の音を聴いてください」という気持ちで弾いているかどうか、ということですね。「上手く弾いてやろう」とか「自分の上手さを見せつけてやろう」といった余計な気持ちは、音楽には貢献しないということです。逆に、テクニックだけが突出して、味気ない演奏への道を歩んでいるようなものですね。

自分が大切に育てている自分の音を人にも聴いてもらいたい...という気持ちをベースにして突き詰めていくと、演奏することに関係ないものは省かれて、逆に、演奏に必要な要素だけが詰まった演奏になって行くのだと思います。

そうして、何の変哲もない演奏の中に、何かオーラが漂うような、演奏者の主張のある演奏というものが生まれてくると思います。そして、そのような演奏は、プロの巨匠だけの特権ではないのだと、思いますね。
by violink | 2004-04-13 11:48 | Performance