作者自身の頭の整理のためのメモです。その時々の思いを綴っていきますので、過去記事と内容の重なりがあるかも知れません。(リンク・フリーです。) Photos in the articles: Courtesy of Tarisio Auctions
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カテゴリ:My Feeling( 14 )

佐藤俊介のパガニーニ Part III

さて、前置きが長くになりましたが、CDを聴いての感想を簡単に書いてみたいと思います。

なによりもまず、ガット弦の音の広がりの良さが感じられました。新作の楽器だからか、音のきめ細かさとか、凝縮された感じはあまりないのですが、恐らく巻き線の弦よりも響きが豊富だと思いました。また、音がより自然に弓の動きに付いてくるという感じがしたことと、左手の指をしっかりと押さえなくても音になりそうな感じがしました。

当時のパガニーニの再現という意味合いもあるのかも知れませんが、それを措いても、サウンド的には面白いアプローチだと思いました。

それから、マイクが近い。佐藤さんのブレスや、指板を叩く音が聞こえてくる近さですね。ブレスの取り方は表現に直結することですので、佐藤さんがどのようにブレスを取っているのかが分かって、興味深いですね。ブレスの取り方という以前に、呼吸をきちんとせずに(=深く息を吸わずに)演奏してしまうことが多い僕には、反省点でもあるのですが。。。

後は、テクニックを聴かせるための作品、と捉えたときに、どのように表現すれば効果的なのか、ということが考え抜かれた演奏だと思いました。実は、この作品(カプリース作品1)は、テクニック的に難しいからか、きちんと弾けていることだけが伝わってくる演奏が多いです。聴いている人が思わず吹き出してしまうような、そのような滑稽さというか意外さというか、そのような部分まで「見せて」いる演奏は、多くはありません。が、佐藤さんの演奏は、そのような聴かせ方を意識していると思いました。

曲毎にも、フィンガリングとかニュアンスとか、いろいろと気づいたことはあるのですが、人それぞれだと思いますので、ここでは省略します。如何に楽に弾けるかは、脱力ももちろんですが、フィンガリングに相当依存すると思うので、これからも研究していきたいと思います。

Ruggiero Ricciが弾くこの作品のDVDが出ているのですが、しばらく前にそれをビデオで見たときに、「この人はなんと楽々この曲を弾くのだろうか。。。」と驚嘆したことがあります。そのようなアプローチをとりながら、僕自身もこの作品をじっくりと眺めてみたいと思いました。そういうモティべーションを与えてくれた演奏でした。

<本日の楽器>Giuseppe Lucci 1965
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by violink | 2009-07-13 01:13 | My Feeling | Comments(0)

佐藤俊介のパガニーニ Part II

パガニーニは、当時、どのような演奏をしていたのでしょうか。

このテーマについては、往年の巨匠Ruggiero Ricciが、"Ricci on Grissando"というタイトルで本を書いています。主として左手のテクニックについて、シフティングでの親指の役割や、同じ指で続けて音をとるフィンガリングのことなどが書かれています。

当時の演奏スタイルに思いを馳せるよすがになるだけでなく、現在の常識的なシフティングやフィンガリングよりも、楽に演奏できる方法があることが分かり、とても興味深いと思います。

それにしても、カプリースひとつとってみても、彼の作品は、明るくシンプルなメロディーと、超絶技巧の部分が随所で交錯していて、超絶技巧だけにこだわると、メロディーのシンプルな美しさが犠牲になってしまうように思います。

その超絶技巧についても、確かに難しいことには違いがないのですが、彼が、このような超絶技巧を随所に盛り込んだ作品を書いた意図として、やはり、彼が出てくるまでは誰もやらなかったことを披露することで、聴衆を喜ばせるエンターテインメントの要素があるのではないかと思います。

バイオリンでこんなことが出来るのか!という新鮮な驚きと、何やら細かいことをネチネチとやっている「作業」の不思議な滑稽さとが入り交じって、当時の聴衆は大いに楽しんだことでしょう。

僕は、そのような要素を、パガニーニの演奏に期待します。
この点で、佐藤俊介のカプリースには、とても楽しめる部分が多くありました。

中には、僕が彼ほどの技術を持っていたならば、ここはこうしただろう。。。という箇所もあります。バイオリンを弾く人は、このような聴き方をするのも楽しいですよね。

<本日の弓> Joseph Fonclause
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by violink | 2009-07-05 21:47 | My Feeling | Comments(0)

佐藤俊介のパガニーニ

もう既にお聴きになった方も多いかも知れません。

佐藤俊介は、デビュー盤のイザイの無伴奏ソナタの演奏を聴いて以来、
僕の最も気に入っている演奏家の一人です。

その彼が、(裸の)ガット弦を張った新作の楽器で演奏したカプリースのCDをリリースしたので、早速、聴いてみました。

ドラマとか映画とか、何度も見直すと、その都度画面のどこかに新しい発見がありますよね? それだけ、人間の感覚はどこかにフォーカスしがちで、全体を捉えにくいものだと思います。

これは彼のカプリースにも当てはまると思います。既に10回以上聴いていますが、
そのたびに、新しい発見がありました。

一言で言うならば、恰も見慣れた名画の、作曲当時のビビッドな色彩感が再現されたという感じです。そこには、こうであっただろう、こうでありたい、という演奏家の思いも当然入ってくるはずなので、パーツ毎には好みに合う合わないがあるかも知れません。

詳しくは、いずれの機会に。。。

<本日の弓> Etienne Pajeot (school)
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by violink | 2009-06-25 06:30 | My Feeling | Comments(0)

名演奏とは? PartII

名演奏とは。。。この質問を知人にぶつけてみました。

知人はプロの演奏家との交流が多い方で、また、
プロになるために地道に努力をしている幼い人、若い人のその努力ゆえに、
こうした人たちに一種の尊敬の念を抱いている方です。

彼曰く、名演奏とは、行き届いた演奏とのことでした。
楽譜に書かれた情報をきちんと音にしていくためには、技術も必要ですし、
表現上も、バランス、音質、テンポなど、言葉にし切れない要素も含めて、
いろいろな視点がありますね。

これらのことに一通り目配りができている、ということ自体が大変なことだと思いますが、
逆にそれだからこそ、「行き届いた」演奏は、それ自体が名演奏だと思えるのかも知れません。

僕もバイオリンを弾く人間ですので、人の演奏を聴くときに、どうしても、
演奏者の耳で聴いてしまいます。そして、
名だたる巨匠の演奏に感動してきた一方で、
巨匠とされない演奏家の「行き届いた」演奏にも、大いに感銘を受けてきました。

結局は、名演奏というラベルを貼るかどうかの違いでしかないのかも知れません。

<本日の弓> Andre Chardon
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by violink | 2009-06-25 05:55 | My Feeling | Comments(1)

音と言葉

タイトルの「音と言葉」は、かの有名なフルトヴェングラーの著書の邦訳版のタイトルでもあります。その本の内容とは直接関係はないのですが、最近、音のことを言葉で表すことの虚しさというか、音のことは音に聞けのようなことを感じることが多くなりました。

音の持つ情報量は言葉の持つ情報量よりも多い、ということなのでしょう。それは生い立ちを振り返ってみれば至極当然のことで、言葉も文字も、人の意志をもって初めて発せられるが、音は、自然界で生み出されるところに発端がある。この違いでしょうか。

情報社会に生きている私たちは、技術の進歩によって、より多くの情報量をよりコンパクトにより速く伝える、というプロセスを日常的に感じながら生活しています。音楽に込められる情報量、情報の伝わる速さというものは、言葉の比ではないと僕は思いますし、それだからこそ、音楽にどれだけの情報を感じ取れるのか、それをどれだけ表現できるのか、ということと向き合うことへの無限の興味と喜びを感じるのでしょう。

最近は、ベートーヴェンのソナタを第1番から丁寧に譜読みをしています。ベートーヴェンが先達たるモーツァルト、ハイドンといった巨匠の後に生まれて、どこに自分の存在感を示そうとしたのか、譜面を読めば読むほど、そういう工夫というか主張が伝わってきます。そして、そのような主張をクリアに表現した録音もあります。また、演奏家のための解説本もシゲティやロスタルが書いています。これだけ勉強の材料が揃ったソナタはベートーヴェンのものを措いて他にはないでしょう。

しばらく先になるでしょうが、こうした取組みの成果を、ネットを通じて皆さんにご披露できるようになることを目標に据えて、これからも、日々時間の許す限り、精進していきたいと思います。
by violink | 2008-02-13 05:14 | My Feeling | Comments(0)

佐藤俊介の小品集(CD)

元来、僕は余りCDを買う方でもないのですが、この佐藤俊介のCDは例外です。イザイの無伴奏ソナタでCDデビューするのも異例ですが、第二弾が小品集というのも意外でした。しかし、そういうところに、彼の主張が如実に感じられることで、僕にとって、まずこのCDが持つ価値となっています。

演奏について批評することはしませんが、ストラドのよい音を目の前で聞いたらこういう感じなのでしょうね。爽やかで明るくて、音を聴いているだけで森林浴をしているような、そんな気分にさせてくれます。

それにしても、かつての巨匠たちの演奏を目の当たりにするような歌いまわし。古きよき時代の、人々がまだ気持ちに余裕を持っていたであろう頃の、懐かしい響きがするのに、それだけでは終わらずに、明らかに巨匠たちとは違う表現が随所にみられることは、20台前半という彼の年齢からは、いささか不思議な感じすら覚えました。

恐らくは、幼少の頃から、単にバイオリンの勉強をしてきたというだけでなく、まさに巨匠たちの豊かな音楽を普段から耳にし、それが肥やしとなって、自分の歌の世界が形成されてきたのでしょう。借り物でないかくも格調高い音の世界に出会うのは久しぶりのことです。

生まれていない時代の音楽を、確実に次の世代(=今世紀生まれの人たち)に受け継いでいく伝道師のような役目を果たしてくれることを、期待したいと思います。
by violink | 2007-09-22 22:31 | My Feeling | Comments(3)

レーピンのベートーヴェン

Grammophonから最近リリースされたCDで、レーピンが弾くベートーヴェンの協奏曲とクロイツェル・ソナタが入っているのを、聞きました。

HMV池袋で、ふと流れてきた聞き覚えのあるティンパニの音から、「ああ、ベトコンね」と、これだけで終わって、レジを済ませて店を出るはずが、ラックの間をうろうろ徘徊しながら、結局、この曲の最後まで聞く羽目になりました。

一言で言えば、これまで幾多のCDで聴いてきた曲たちであり、僕自身、それなりのベートーヴェン像というものを持っているつもりなのですが、随所随所で、それをいとも簡単に超越してしまう、そして、これこそが本当のベートーヴェンに近いのだろうと瞬時に思わせてしまう箇所が、そこかしこに見つかる、そんな演奏でした。店で全曲聴いてから、そのCDを買うのは、今回が初めてです。

何がベートーヴェンの本当の姿なのか。そんなことを自問してみても、恐らくベートーヴェン自身の中にしかないものなのでしょうから、確たる答に辿り着く可能性はゼロだと思いますが、少なくとも、今まで聴いた演奏とは違う何か、というよりも、今まで聴いた演奏以上の何かが、これらの作品から引き出されている、と感じました。

ベートーヴェンの解釈について、レーピンはメニューインを相当に意識したそうです。そして、今回が、彼にとってのこれらの作品の初レコーディングだそうですので、ベートーヴェンを表現するということへの、彼の姿勢や執念のようなものも、一緒に伝わってくるような気がしました。

そして、いつも通っている道で、いつものように道端に転がっている「小石」が、ふと見るとダイヤの原石だった。。。ほかにも何か宝物が転がっているかも。。。と、今からわくわくしている、というのに似た「余韻」が残っています。
by violink | 2007-09-16 05:17 | My Feeling | Comments(0)

パイプオルガンと声楽

2日前、とある教会で開かれたコンサートに出かけてきました。教会堂いっぱいに響くパイプオルガンの響き、そして、声楽家ご夫妻によるソプラノとバリトンの競演も、集まった人々の心をつかんで離さないものがありました。

パイプオルガンと声楽、この2つの楽器は、それら自体が、他の楽器とは違う要素を持っていると、僕には思えます。

パイプオルガンほど響きに拘って作られる楽器はありません。聞くところでは、教会堂やホールのように、パイプオルガンを設置する場所の響き具合を考慮して、パイプオルガンの設計はなされるようです。そこまで考えられた響きを、僕たちは耳にすることになるのですね。空間全体が鳴っているという実感を、パイプオルガンほど持たせてくれる楽器はありません。

そして声楽。我々にとって一番身近なはずの「声」ですが、声楽ともなると、声の張りとつや、そして響き、音量と、日常で馴染んでいる声とは、まるで別世界ですね。人間の可能性への挑戦のような側面もあるでしょう。「よくもあんな声が出るものだ」という感想を、声楽の演奏を聴くたびに持ちます。また、意味までは分からないものの、音としてクリアに発音されるイタリア語の歌詞も印象的です。

さて、このパイプオルガンと声楽。教会堂いっぱいに広がる豊かな響きも、面的に広がる響きと、一点から放射状に広がる響きとを、一緒に楽しむことができました。

と、コンサートの感想を書くのが目的ではないので、焦点がぼけないように、曲目の紹介は割愛させていただきます。(笑) で、何が目的かと言いますと、パイプオルガンと声楽は、バイオリンの目指す唯一(唯二?)の楽器だということです。

楽器の中で一番声楽に近いと言われるバイオリンの明るいソプラノの音色、J.S.バッハの無伴奏曲に表現されたパイプオルガンの響き。こういうことに多少思いを馳せてみるだけでも、バイオリンの音色、響きの理想をパイプオルガンと声楽に見出すことは、さほど難しいことではありません。

そして、楽器の構造上は、これは理想であって決して到達し得ないだけに、そのギャップを何で補うか、という発想に意味があると思います。その答は簡単には見つかりませんが、日々、この究極の2つの楽器のイメージを持ちながら、バイオリンに接することが大切だと思います。

このように、心の豊かさとともに、バイオリンの演奏に関する幾多の示唆も得られたひとときでした。。。
by violink | 2007-09-10 05:39 | My Feeling | Comments(1)

クラシック音楽の愉しみ

人それぞれクラシック音楽の愉しみ方は様々でしょうが、それにしても何と奥の深い愉しみだろうかと、思いを馳せてみました。

まずは楽器を弾く側。長い時間をかけて楽器の弾き方を覚え、その先には、作曲家の思いのこもった楽譜の解読作業。CDの聞き込み。それを人前で聴かせるための鍛錬。演奏仲間との喧々諤々の楽しい会話。本番でのお客さんとの微妙な駆け引き、それ以前にステージ上での死闘。そして、コンサート後の打上げへ。(これはアマチュアの特権でしょうか。)

そして、バイオリンの場合、ほかの楽器以上に切実な楽器・弓選び。子供の頃からの買い替え。大人になってからのグレードアップ。手元不如意の際には泣く泣く処分。(古い言い回しですね。意味分かりますか。)この処分というのは、通常はないですね。。。古くはパガニーニが賭博に負けて楽器を手放した、という話がありますが。まだまだ。不注意(?)による置忘れと盗難、保険金支払い、そして発見。楽器選びと言えば、買いたかった楽器・弓が、一足違いで別の伴侶のところへ、ということもあります。

そして音楽を聴く側。曲を知るプロセス、演奏家を知るプロセスでの膨大なCD購入、コンサート通い。音へのこだわり。オーディオ機材への興味・投資。巨匠もたじたじの演奏批評。比較「文化」論(=持論)の展開。突然別世界に連れて行かれて一人涙。楽器を取り上げて弾きたくなる衝動。BGMとして鳴らして雰囲気を堪能。などなど。

実にこまごまとした、様々な愉しみの集合体という気がしますが、話はここで終わりではなく、ここで「空」から「地上」を見下ろす気持ちで眺めてみると、そこには一本の「川」が全体と調和して流れていることに気づきます。

それは、作曲家の思いを演奏家が音にし、その演奏家の息遣いを手元に引き寄せてくるという行為に他なりません。(これはオーディオで聴くのもコンサートで聴くのも同じです。)まさに時空を超えた壮大な営みが、クラシック音楽の愉しみの底流として、しかも時を越えて絶えざる流れとして脈々と受け継がれてきて、これからも受け継がれて行くということにこそ、僕は奥深さを感じたのですね。

一生の友とするに相応しい、この「奥深さ」との出会いがいつだったかは思い出せませんが、この「奥深さ」に思い至ったのは、つい数時間前のことでした。(笑)
by violink | 2007-09-04 06:19 | My Feeling | Comments(0)

リッチ vs. アルゲリッチ

稀代のピアニストであるアルゲリッチが伴奏し、リッチがソロを弾くコンサートをライブ録音したCDを聴く機会がありました。曲目はフランクとプロコフィエフの2番(いずれもソナタ)です。

これほど雄弁なソロと伴奏の組合せは、他に類をみないと言えるでしょう。それだけに、ピアノ伴奏の存在感とヴァイオリン・ソロの存在感とが、うまくバランスするのだろうかと、聴く前は興味津々でした。

聴いてみると、フランクはまさに火花を散らし合うような演奏で、音量的にソロが負けそうになる箇所も随所にあるのですが、そういう場所は、ピアノがかなり厚く書かれているにも拘わらず、ソロはロングトーンだったりするので、両者のバランスをとるのは、もともと至難の業のようです。逆に、ピアノを抑えると、まるで精彩を欠く演奏になってしまいます。

プロコフィエフの方は、むしろ、今まで聴いたことのあるどの演奏よりも、ピアノの伴奏が絶妙で、プロコフィエフらしい和声の微妙なブレンドが、とても効果的に表現されていました。独特な和声だけに、どの音をコアにするかで、味わいは千変万化します。どの音をコアにしているのかが、これほどクリアに表現されているピアノ伴奏には、なかなか出会えないですね。新しい響きを随所に感じ、とても新鮮な印象でした。

こういう演奏を聴くと、作品の解釈はどうあるべきか、という深遠なテーマに立ち戻ってきます。どこまでが作曲家の意図で、どこからが演奏家の個性なのか。。。。

今回も、このことを自問しながら聴いていたのですが、結局、演奏家の洞察力によって作曲家の意図が鮮明に表現される、ということもあるのだということを強く感じさせられました。
by violink | 2007-08-05 20:43 | My Feeling | Comments(2)