作者自身の頭の整理のためのメモです。その時々の思いを綴っていきますので、過去記事と内容の重なりがあるかも知れません。(リンク・フリーです。) Photos in the articles: Courtesy of Tarisio Auctions
by violink
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カテゴリ:My Feeling( 14 )

オイストラッフの美音

しばらく前にBMGから出ているCDで、オイストラッフが1955年に来日した際に、日本ビクターのスタジオで録音したものがあります。曲目は、ブラームスのソナタ第3番、プロコフィエフのソナタ第2番などです。

最近、このCDを丹念に聴いているのですが、ホールに比べて小さく、反響の少ないスタジオで、オンマイクで、しかも(恐らく)エフェクトなどで音をいじっていない録音のようで、この巨匠がストラドから引き出してくる音が手に取るように聞こえてきます。

高音域のキラキラした倍音、楽器から音が飛び出してくるエネルギー、音自体に備わった凝縮感といったものが、手に取るように聞こえてくるんですね。

CDを聴いているだけで幸せな気分になるのは、久しぶりのことです。

静かなところで、目をつぶって、タイムスリップした気分になって、あの巨匠オイストラッフが、自分だけのために目の前で演奏している。。。などという妄想にひたりながら聴くのも、また面白いかも知れません。。。(笑)

こういう音のイメージを持ちながら、普段の練習に取り組むと、それだけでも上達のスピードが違ってくるのではないか、と思いました。
by violink | 2007-06-21 05:46 | My Feeling

生きているという感覚

日常生活に追われているときには決して感じないけれども、それがふと途切れたときや、何かのきっかけで、生きているという、ただそれだけのことが、何物にも変えがたい言葉に出来ない喜びというか充実感というか、そういうものを感じたことはありませんか。

普段気にしていることがうそのように気にならなくなり、何か本質的なものを悟ってしまったかのような感覚、自分が周囲のあらゆるものに置いている価値の序列が一瞬のうちに崩れて、これまでとは全く異なる序列に並び替えられたような感覚、そんな経験はありませんか。

僕は、ときどきそのように感じることがあって、そんなときにたまたま音楽を聴いていると、音楽がどうのこうのというよりも、そこに確かに存在している演奏家という一人の人間、その人間の生きざまに思いを馳せているのです。

もちろん面識もなく、その演奏家の生き方を知るべくもないのですが、それでも何かが伝わってくるような感じがするのですね。それは、音楽そのものというより、音楽に向かう姿勢といった方が近いかも知れません。

そして、そんなことを感じている自分自身。演奏家という生きている存在。その演奏を聴いている自分という生きている存在。そういう2人が同じ時代にたまたま生きているということに偶然を感じ、また、喜びを感じ、と何を書いているのか、自分でも分からなくなりつつありますが、、、、何か感じ取っていただけるでしょうか。

おそらく音楽に限らず、およそ人の営みに付きまとう「生」という感覚。でも、その営みの抽象性が高ければ高いほど、自分にとって共感できる可能性が広がるのだと思います。

音楽を聴いていて、こんなことを感じる状態にいつもなるわけではありませんが、僕自身にとっては、音楽の持つ効用というか特性というか、そういうものの一つには違いないと思っています。

音楽による癒しということも、案外、こういうことが背景にあってのことかも知れませんね。

这边中文版
by violink | 2006-07-04 01:25 | My Feeling

<音探し>ブラームスのコンチェルト(続編)

さて、先ほどの続きです。

冒頭の悩みの箇所とほぼ同じ動きが、カデンツァの後で出てきます。ここはどう弾こうかと。ソロが弾く主題は同じですが、オケの伴奏が違っています。冒頭よりも多彩な和声で彩られています。DCisHAと動いていくファゴットはどこかのどかな雰囲気ですし、その先も穏やかな雰囲気ですね。嵐の前というわけではないですが、その先に「嵐」が待っています。その前触れ的な穏やかさ、冒頭の華やかさとの対比としての穏やかさ、こうしたニュアンスをやはり出したいと思います。動に対する静ですね。

冒頭と同じ動きが、より多彩な和声で彩られていて、昔を回想するような、しかも美化された昔を思い起こしているような、そんな印象を持ちます。だからなのか、この主題を2回目にソロが弾き始めるときの和声は、同じD-durの三和音の雰囲気でありながら、ほとんどDの単音のように、AとFisのニュアンスがずっと後退しています。ここをバーンとDFisAで響かせたら、華やかな響きになっていたでしょうが、そうなってはいません。また、オケの伴奏を含めて、冒頭よりも薄目になっていますね。

そんなことから、僕は、この2回目の第1主題の入りは、静かな、動きのない雰囲気で入りたいと思います。そう思いながら、頭の中では音が鳴っています。直前のCisに対するDの音程も、許される限り低く取りたいと思います。直前のA-durのセブンスの雰囲気からD-durに入ったところで、華やかなニュアンスになってしまうことを出来るだけ避けたいと思います。弓の返しも工夫したいですし、ヴィブラートもほとんど要らない感じです。ファゴットと2人でデュエットをしているような、小さな世界、室内楽のような世界を、ここでは作ってみたいと思います。

静の後には動が来ますね。それをどこからにしようかと。ソロがHGHGisCisHAGと動いていきます。この辺りからでしょうか。最初のHGと次のHGisとでは、同じHでも静と動のコントラストのようなニュアンスを出したいと思います。そこから徐々に盛り上がっていく感じです。GからGisへ、この半音が出てきたことで、そういう動きがスタートしたように感じます。それを表現したいと思います。

今回は、割と音のイメージが早めに出来ました。後は練習するだけです。。。(笑)
by violink | 2006-02-24 20:20 | My Feeling

<音探し>ブラームスのコンチェルト

僕が一番好きなコンチェルトです。好きな曲ですから、何度も頭の中で鳴らし、ソロ・パート全体とオケ伴奏の和声進行・主要なメロディーは覚えました。それで、ヘッドホンを掛けずに、CDプレイヤーを持ち歩かずにいつでもどこでも、この曲を「聴く」ことができるので、今朝は、この曲の第1楽章を「鳴らし」ながらの通勤でした。

ソロが始まって、アルペジオが終わって、下行の長い音型、上行の長い音型、そしてトリルを経て、第1主題です。この第1主題に入るところの歌い方は、これまで余り意識したことがなかったのですが、今日は何故かここに意識が集中して、これまでとは違ったニュアンスが突如閃きました。

音型としては、AGEH(CCisD)-trill(Cis,D)-(HCis)-DFisDHAFisADFisAFisDAFisE という動きですが、この前半のところですね。ちなみに、( )内は装飾音です。第1主題の最初のDの音に向かって、終止形に向かっていく動きが、終わらずに第1主題に入っていく、という形なのですが、ここで終止形に向かっていくニュアンスを、かなり存在感のあるニュアンスとして、今日は初めて意識しました。

何でこんなに存在感を意識するのだろうかと、後になって分析してみると、ソロが弾き始めてからこの瞬間までで、終止形のニュアンスが出てくるのは、実は、ここが初めてなんですね。大きな一つのフレーズが終わるような感覚、それを、この第1主題の直前の動きの中でどう表現するか。

例によって、いろいろなテンポで、音量で、音のニュアンスで、試行錯誤をしてみました。(頭の中でのことなので、何度でも手軽に実験できますね。) 終止形の終わりであり、第1主題の始まりであるDの音への入り方と音のニュアンスだけを、何度も繰り返してみたのですが、結局、しっくり来るものが見つかりません。

感情的には、こういう感じ、というのがあるのですが、具体的な音に置き換えられずにいます。ここまで来ると膠着状態で、どうにもならないので、とりあえず一旦は忘れてしまうことにします。いずれまた思い出したときに、この「課題」に取り組むことになるでしょう。

まとまりませんが、今回は、これまでになかった切り口で書いてみました。
by violink | 2006-02-24 19:46 | My Feeling