作者自身の頭の整理のためのメモです。その時々の思いを綴っていきますので、過去記事と内容の重なりがあるかも知れません。(リンク・フリーです。) Photos in the articles: Courtesy of Tarisio Auctions
by violink
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事務連絡です。。。

僕がかつて作っていたブログで、「音楽という言葉」というものがありました。このブログのコンセプトは、下記のとおりです。

***

楽器を演奏する人が楽譜から何を読み取って演奏するのか...の「何」に当たるものを探していくためのヒント・手がかりになりそうなことを、思いつくままに書いていきます。あくまで私見ですので、様々な異論があってよいと思います。

その際、譜面に書いてある情報をそのまま音にするということでなく、作曲家がどうしてその音をその響きを選んだのか、ということに自分なりに答を出しながら書いていきたいと思います。

2つだけ補足したいと思います。

第一に、このブログでは音楽表現を取り扱っていますが、どう表現すべきかの手がかりを、全て音と響きに求めています。楽譜に現れてこない時代背景のようなものを勉強する時間がないことと、音楽は結局のところ音と響きとして表現されるものであることを考えると、こうしたアプローチが現在の私には妥当だと思えるからです。作曲家が他でもないこの音とこの響きとを選んだことについて、どんな意図からそうしたのかを自分なりに感じながら、音楽表現について書いてみるつもりです。

第二に、音と響きに注目するからには、聴き手に自分の表現の意図が伝わることが大切だと考えています。その意味で、作曲家がこういう意図をもってこの音と響きを選んだのだとすれば、その意図を聴き手にきちんと伝えるにはどのように表現すべきなのか、というところまで、ゆくゆくは踏み込んで行きたいと思っています。

***

さて、僕は、これら2つのブログを作ってきましたが、内容上、密接不可分であることもあり、「音楽という言葉」に載せてもよいメモを、violinkの方でアップすることも増えてきました。

そこで、思い切って、「音楽という言葉」の内容をすべて、こちらに移植することにしました。カテゴリーの「interpretation」をクリックすると現れるメモのうち、タイトルに<音楽という言葉>が付いているものがそれです。

自分で読み返しても意味不明のところなどもありますが、過去の事実として、敢えて直さずにそのまま持ってきています。violinkの世界を知っていただくには、役に立つと思いますが。。。
by violink | 2005-08-26 09:30 | Introduction

拍子感覚とリズムの感じ方

耳から音を覚えて、それが気に入って、自分でも弾こうと思い立ち楽譜を手に入れる。。。という順序で、新しい曲と出会うことってありますよね。

耳から聞いてメロディーを覚えている段階では、自分なりに拍子を感じていて、それを基にして「譜割り」のような感覚を持っていると思います。そして、実際に楽譜を見たときに、多かれ少なかれ、自分の拍子感覚との違いを見せ付けられるわけですね。

この事実はよく知られたことですし、耳から覚えて練習することの問題点として指摘されることもあります。メソッド自体の良し悪しの議論にまで発展する場合もあるでしょう。

確かに、楽譜は作曲者が残した全情報であり、その情報を掴み取らずに演奏するのはよくないと、僕も思います。が、楽譜の内容を鵜呑みにするのでは、表現できるものの幅も狭まってしまうと思います。

楽譜の内容を鵜呑みにする、、、とは何を言いたいのかというと、たとえば拍子感覚です。耳から聞いたときには4分の2拍子だと思っていたものが、楽譜を見ると8分の6拍子だった、などという経験は、楽器を演奏する人にとっては日常茶飯事だと思います。そこで、直ちに自分の感覚を訂正するのもいいですが、しばし、自分の感覚と作曲家が譜面に残したものとのギャップを楽しんでみるのも面白いものです。

そもそも、作曲家自身、どの拍子にするか推敲を重ねた挙句にやっとたどり着いた結論だけしか、楽譜には書かれていないのかも知れないですし。

さて、話を戻すと、たとえば、クライスラー作曲の「愛の喜び」。あの曲は3拍子系ですが、2拍子系で割ってみることも可能ですね。そして、拍子の感じ方を変えると、リズム感覚が変わるので、出てくる音の軽さ重さのようなニュアンスにもつながってきます。僕などは、この曲は、パーツによって拍子のとり方を多少変えてみたりします。それによって躍動感をより感じることができるので。。。

「愛の喜び」は、僕がいろいろな演奏を聞いた曲の中でも、特に、ひとつひとつのリズムの捉え方、音の軽さ重さなどなどの表現が、演奏者によって相当違う曲の一つです。つまらない演奏から非常に面白い演奏までの触れ幅が非常に大きいですね。何がその演奏を面白くしているのか、そのベースには弾く人がどんな拍子感覚でその曲を感じているか。。。ということがあると思っています。
by violink | 2005-08-25 06:10 | Rhythm

良い音はどこから~音のパレットを広げるために

一流の演奏家の生の音を聞いたことがありますか?

生の音というのは、聞こえてくる音ではなくて、楽器から出ている音のことです。コンサートホールで聞く音は聞こえてくる音です。まず、楽器から相当離れていますし、ホールの残響音も入っています。楽器のすぐそばにマイクを置いて録音したCDでは、時々、楽器から出ている音が聞こえることがあります。

彼らの音にあって僕の音にないもの。。。それは、一言で言えば、音の輝きでありコクであり、音の雰囲気であり迫力です。そこで、「やはり名器は音が違う」などと、ため息をついたりします。

しかし、名器でないなりに自分の楽器を使いこなして初めて吐くことが許されるセリフを、いとも簡単に吐いているケースが多いのだと思います。

自分の楽器を使いこなすための基本は、音の出し方にあると僕は思います。そして、音の出し方の基本は、駒寄りの部分をいかに使いこなせるかにあると思っています。それほど、駒寄りのところでしっかりとした音を出すことに、無頓着になりやすいのです。

確かに、駒寄りのところは、ボウイングの3要素(重さ、速さ、弾く場所)の条件がきちんと揃わないと、そもそも音がかすれてしまいます。(指板寄りでは、そこまで露骨な音の失敗はありません。)当然、弾き出しの瞬間が上手くいかない可能性も高く、ボウイングのコントロールが特に求められる場所と言えます。

駒寄りの部分を意識的に使っていって、楽器をそういう弾き方で慣らしていくことによって、指板寄りの部分の音も改善されて、ふくらみがあって柔らかく、しかも通る音が出しやすくなってきます。これが音のパレットを広げることにつながるんですね。

ダイナミクスのコントロールという面でのみ捉えがちな、「弓でこする場所(駒寄り~指板寄り)」を、音色の変化を持たせるための弾き方という面から捉え直すことが、音のパレットを広げるきっかけになると思います。
by violink | 2005-08-23 06:16 | Sound

<番外編>老巨匠のピアノ演奏

HMVでたまたま目にし、試聴したCDですが、M.ホルショフスキーというピアニストのショパンの小品の演奏に心が震えました。

カザルスやシゲティの伴奏もした人で、このCDが録音された1987年(’カザルス・ホールでのライブ録音)には、既に95歳でした。その後、102歳で生涯を全うするまで現役を貫いたそうです。

僕は、この人の演奏を聴くこと自体がそもそも初めてだったんですが、95歳とはとても思えない力強い演奏に、まず圧倒されました。しかし、若者の演奏とは違う力強さを感じました。ピアノのキータッチが特にシャープというのではなく、メッセージの力強さだったんですね。

95歳の人の演奏というだけで、いろいろな思いがこみ上げてきます。もちろん、長年の演奏経験から来る成熟した音楽性というものもあります。でも、それだけでなく、世界大戦を2回も経験した世代の人間としての音楽との向き合い方、自分より遙かに若い世代のみを聴衆に迎えた演奏家の心境、驚異的なテクニックとはいえ本人的には衰えを感じているであろうその事実との向き合い方、、、などなど。

それにしても、お店で試聴しているわけですから、周りに人がいますし、試聴コーナーにはこれ以外のCDもいくつか置いてありますし、いろいろ雑音があるはずなのに、目は開けども周囲が全く目に入らないような心境で、ひたすらこの老巨匠の音の世界に集中していました。

ピアニストと呼び切るのがためらわれる、人生の大先輩からのメッセージとして、つまらないコメントをせずに、何も言わずに聴いているしかない迫力のようなものを感じさせる演奏に、本当に久しぶりに出会った気分です。

お金では買えない宝物を手に入れたような気分になりました。(買ってはいないのですが。。。)
by violink | 2005-08-22 08:16 | Others

和音を色彩豊かに聴かせるために

和音を弾くときは、単音を弾くときには考える必要のなかったことが出てきますね。例えば、音量のバランス、音程の間隔です。左手の形もより複雑になりますし、そもそも指が伸び切らなくて正しい音程でとれない(!)などという、悲しい事態に遭遇することもあるかも知れません。

こういう難しさがあるので、単音のときにはある程度気配りできたことが、疎かになってきてしまうことが多いですね。それで、和音の響きがとても単調になってしまったりもします。もちろん、2つの音の音程の間隔には気をつけますので、そのレベルでの音程の問題は解決されていてもです。

。。。和音の響きが特に単調に聞こえがちなのは、和音を単発で弾くときよりも、メロディーを和音で弾いているときの方が多いと思います。それは、単音でメロディーを弾くときにはいろいろ工夫をする音程の微妙なニュアンスを、和音で弾くときにもきちんと出そうとすると、それ以外のことがすべて疎かになってしまいがちで、なかなかそこまで踏み込めないからだと思います。

そういう次元の高い問題ですので、練習をするときの優先順位は低くならざるを得ないのですが、常に心に留めておきたい問題ですね。

クライスラーが演奏する自作「ウィーン奇想曲」の中程からの美しい2和音のメロディーを聴きながら、ふと感じたことを書いてみました。。。
by violink | 2005-08-21 10:00 | Pitch

表現を妨げるヴィブラートについて

ヴィブラートをかけるのは音による表現をより豊かにするためだ、と誰もが知っていますね。ところが、かけたら表現が豊かになるのかというと、そうは簡単に行かないのが難しいところです。

というのは、自分では意識的にヴィブラートをかけているつもりになっていても、そして、実際に音にヴィブラートがかかっていても、それは、ヴィブラートをかけやすい音にヴィブラートがかかっているだけ、、、ということがままあるからです。

長い音と短い音では、長い音の方がヴィブラートをかけやすいですね。それはヴィブラートの幅との関連もありますし、また、そもそも、左手の指を指板に下ろす動きとヴィブラートの手の動きは違う動きなので、弾き出してからヴィブラートがかかるまでに微妙なタイムラグがどうしても生じてしまう、ということもあります。

要は、表現上、ヴィブラートで豊かな表情を与えたい音が短めの音だったりすると、そういう音にはあまりヴィブラートがかかっていなくて、それ以外の長い音の方にむしろブリブリとヴィブラートがかかっている、ということになりがちなのだと思います。

また、指によってかかりやすさが違う、ということもありますね。(尤も、こちらは、いざとなればフィンガリングを工夫できるのでしょうが。)

これは、そういう点に注意をしながら、自分の演奏の録音を聴いてみると、ただちに自覚できることですし、いったん気がつけば、練習によってこれを克服していくことができると思いますね。気づくことが何しろ重要だと思います。

今回の話も、ヴィブラートのコントロールに関する話題でした。。。
by violink | 2005-08-20 19:05 | Vibrato

音程のセンスの磨き方

音程を明るめに暗めに、ということがあります。これを実際にどのように自分の音に当てはめていくのかを考えてみます。

明るめは高め、暗めは低め、という頭の中でのイメージはあるとして、どの音をどの程度明るめ(暗め)に弾くのか、となると、これは無数の選択肢があるので、ただちに「これ!」というものを拾い上げることは難しいと思います。

それよりも何よりも、人によって「拾い上げる」音程のセットが違うのです。では、何でもよいのかというとそういうものでもありませんね。何を手がかりにして、自分の「拾い上げる」ものの狙いを定めるのか。。。

それは、もちろん曲想なりスタイルなり、考え始めればいろいろ出てくるのでしょうが、僕は、和声進行こそが最も大切な手がかりだと考えています。

代表例とは言いませんが、僕に思いつく一例は、クライスラー作曲「プニャーニの主題による変奏曲」の冒頭部分です。G→Fis→G→A→Bと続くフレーズは、紛れもなくG-mollの和声をベースとしたものです。

このベースの和声をEs-durの3和音(Es、G、B)に置き換えてみましょう。雰囲気が変わりますね。さらに、C-mollの3和音(C、Es、G)に置き換えてみましょう。またまた雰囲気が変わりましたね。こういうことは、ピアノを弾きながらだと分かりやすいです。

このように、和音のベースが変わると、響きの雰囲気がガラッと変わります。その響きに合ったG→Fis→G→A→Bの音程をイメージしてみるのです。和音のベースごとに微妙に違ってくるはずです。どう違うかは、人それぞれの感性にもよるでしょうから、いちがいには言えません。

いずれにせよ、このような雰囲気の違いを自分なりに感じ、それを人にも分かるように表現しようとすることが、その人の音程のセンスを磨いていくのだと思います。

それに、、、

正しい音程は。。。と、ひたすら考え込むのではなく、このような雰囲気の対比の中で、自分にピッタリくる音程を探していく方が、はるかに楽しいですよね。
by violink | 2005-08-17 20:57 | Pitch

<音楽という言葉>転調から感じること

転調には、durとmollの交代を伴うものと、durかmollの一方の中で留まっている転調とがありますね。いろいろなヴァリエーションがあり、とても一言で片付きませんが、転調する前後の調性自体から受ける印象の違いということもありますし、そのような印象の違いを際立たせるために、響きに工夫がされていることも多いですね。

例えば、ブルッフのバイオリン協奏曲第1楽章の冒頭では、①G-moll→②Es-dur→③G-mollという転調がありますね。調性からは、暗い→明るい→暗い、となりますが、①は静的、②は動的、③はさらに動的な印象を受けます。これは調性だけではなく、オーケストレーションからくる部分が大きいですね。(スコアをみてみてください。(笑))こういう印象を表現する際の隠し味として、①、②、③の順に段階的に、聴く人にはそれと分からない程度に、テンポを上げたい衝動にかられます。

ところで、①、②にはバイオリンのソロが絡んでいます。(「ところで」なのです。ソロの入らないオーケストラの動きこそが、この曲の冒頭部分の主役だと、私には感じられるからです。)上に書いたような印象を踏まえると、①と②のソロはどのように入ってくるのがピッタリするでしょうか。①のソロは、メロディーの最後の終止和声のロングトーンに細い線を添えるような形で入って欲しいと感じますが、②のソロは、メロディーの最後のロングトーンの勢いが衰えないうちに、その勢いをさらに増すような音で入って欲しいと感じます。さらに、そのような静的・動的なイメージを引き立てる意味で、①ではインテンポより微妙に遅いタイミングで、②ではインテンポより微妙に早いタイミングで、ソロに登場して欲しいと思うのです。音色的なことには、ここではあまり立ち入りませんが、静・動のコントラストを出すためにヴィブラートを活用して欲しいところです。
by violink | 2005-08-14 09:04 | Interpretation

<音楽という言葉>下行音型から受けるイメージ

音が徐々に下がってくる音型から受けるイメージは、下がってくるスピードにもよって変わってくると思いますが、私の場合、地上に物体が落ちてくるイメージになぞらえて捉えることが多いです。大まかに言うならば、金属の塊が落ちてくるようにどんどん加速してくる落ち方と羽毛がだんだん沈んでくるように空気抵抗を受けながら降りてくる落ち方とがあるように思いますね。(ただし、もう少し細かくみたときの話は「さらにさらに言えば...」のくだりをご参照ください。)

例えば、ブラームスのハイドン・バリエーションの中で、シチリアーノという曲がありますが、これなどは、後者のようなふわりとした下行音型のように感じられます。そうすると、冒頭の木管のメロディーといい、それに続いて出てくるバイオリンのメロディーといい、所々に上行の要素はあるものの、基本的には下行のイメージを聞かせたいと感じます。(シチリアーノの8分の6拍子の符点の特徴的なリズムをきちんと軽やかに聴かせることが前提ですが。)こう考えると、あのメロディーの中の個々の音をどう処理すればよいか見えてきます。

さらに言えば、繰り返しの後で出てくるB→C→D→...の上行音型は、この下行音型に抗して高まっていくエネルギーを感じさせたいところですし、上り詰めた後の、C→B→A→B→A→G→...と続く下行音型は、上行のエネルギーが放散させた後の自然の下降の雰囲気を目指したいと思います。

さらにさらに言えば、冒頭の旋律の下行音型は、F→D→B→F→Es→D→C→Bと降りていきます。後に行くほど音の間が詰まっています。そして、音が一つ降りるのにかかる時間も長くなっています。(←これは楽譜をみないと分かりませんが。)シチリアーノのリズムはこのメロディー全体に散りばめられているものの、このまるで下に凸の放物線の左半分のような下行音型の形をどうやって表現したらいいでしょうね?(←私の中ではまだ答が出ていません。)
by violink | 2005-08-13 09:07 | Interpretation

テンポとルバート(=「音を運ぶ速さ」)について

弾く速さについて語るときの概念としては、大抵はテンポかルバートかで割り切れていると思います。これらは全く異なるものなのでしょうか。そうではないと、僕は思います。むしろ、インテンポとそれ以外という分け方をしてみると、ルバートをするとかしないとか議論しない箇所でも、必ずしもインテンポで弾いているわけではない、ということです。

というわけで、ここでは敢えてテンポとルバートを分けずに、単に「音を運ぶ速さ」、略して「速さ」とします。さて、速さのことを考えるのは何故でしょう。それは、まず、楽譜に速さについての決まり事を作曲家が書いているからで、それは一つの表現上の意味を持ったものだからですね。

ただし、それだけではないと思います。楽譜に明示的には書かれていない速さもあると思うんですね。それは、フレーズの流れや和声の感覚から来る速さだと思います。その速さで弾くことで、フレーズ感がより明確となり、和声の持つ意味がよりはっきりするような、そういう速さのことです。

同じ曲をいろいろな演奏家が弾くのをコンサートやCDで聴いても、それがために飽きることがないのは、この速さの捉え方には、演奏家が介在する余地が多分にあって、演奏家毎の捉え方が様々だからでしょう。そして、音楽の本質を捉えている、と思えるような速さで弾かれたときに、僕たちの感性にビビッと来るのではないかと思います。

さて、このような速さの捉え方をしたときに、実際に自分が弾くときにどの速さで弾くのか、という疑問が当然起こるでしょう。その疑問に答を与えるのが、「変化」という捉え方だと思います。フレーズの変化、和声の変化、そして変化の方向(といっても指差せるものではありませんが。。。)がそれです。

そこで、フレーズ単位、和声のグループ単位といった固まりで、速さということを考えてみる意味があると思うんですね。実際、僕が聴いてビビッとくる演奏は、こういうアプローチをしていると思われるものが圧倒的に多いです。音質を変えなくても、微妙に(あくまに微妙にですが)テンポを変えるだけで、曲の雰囲気はガラリと変わるものです。

このことは、自分の音楽体験(=聴く方)の中で、何か一つ実例が見つかると、とても簡単に理解できることではないかと思いますね。
by violink | 2005-08-10 06:40 | Tempo