作者自身の頭の整理のためのメモです。その時々の思いを綴っていきますので、過去記事と内容の重なりがあるかも知れません。(リンク・フリーです。) Photos in the articles: Courtesy of Tarisio Auctions
by violink
カテゴリ
Introduction
Bowing
Fingering
Vibrato
Shifting
Pizzicato
Tempo
Pitch
Rhythm
Phrasing
Sound
Relaxation
Breath Control
Expression
Practise
Ensemble
Performance
Interpretation
Concert
Instruments
Motivation
My Feeling
Others
Q&A
以前の記事
2017年 01月
2016年 11月
2016年 09月
2015年 03月
2013年 11月
2013年 09月
2012年 09月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 06月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 01月
2008年 02月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 06月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月
2004年 10月
2004年 09月
2004年 08月
2004年 07月
2004年 06月
2004年 05月
2004年 04月
2004年 03月
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2005年 09月 ( 11 )   > この月の画像一覧

フレージングとは。。。

フレーズがつながらない。。。という悩みはよく聞きますが、フレーズがつながりすぎている。。。という話はあまり聞きませんね。ところが、フレーズがフレーズらしくあるためには、「つながりすぎ」は「つながらなさすぎ」に負けず劣らず、厄介な問題だと思います。

まず、自分でそのフレーズを歌ってみるときにどのように歌うか、というところからスタートするのが分かりやすいと、僕は思います。「ラララ」とか「タララ」とか、子音の使い分けでフレーズの途中の小さな区切りを意識しながら歌ってみることが大切だと思います。(どんな子音を使うかは、各人のセンスでしょう。)

その上で、楽器の上で同じように小さな区切りを意識しながら弾いてみるのですが、ここでは、さっきは口で歌うときに子音を使い分けたのを、音の出方で弾き分けていくわけですね。

そういう音の出だしのニュアンスがいくつか用意できれば、それだけでも、そのフレーズの表情が豊かになると思います。また、そういうことが自分で意識できれば、CDなどで人の演奏を聴いたときにも、フレーズの中の小さな音の区切りのようなものを、より明確に聞き取れると思いますね。そして、自分の演奏に貴重な示唆を与えてくれるものと思います。
by violink | 2005-09-30 21:32 | Phrasing

テンポの表情

演奏が生き生きとしたものになっているとき、大抵はテンポ自体が一定の枠の中で自由自在に変化していますね。これは、テンポが伸縮しているというのではなく、流れとしてはインテンポであっても、その中でメリハリがついているということだと思います。

そのメリハリがメリハリとして聞こえるためには、テンポをどう動かしているのか、ということについて自分なりの考え方がしっかりしている必要があるのだと思います。

ここでいうテンポの変化を直感的に感じるには、本当にインテンポ(=メトロノームのような正確さ)で演奏されたものと比較するに限ります。なかなかそういう録音を聴くことはないものですが、一様なテンポで演奏すると非常に退屈な雰囲気になるものです。

逆に言えば、音型の方にテンポの作り方のヒントがあるのだと思います。自分の好きな曲を、自分の頭の中で完全に近いインテンポで「演奏」してみて、その後で、もう少し自然な流れに雰囲気を変えて「演奏」してみると、それらの間にはテンポ設定という点だけをとってみても、相当な違いがあることに気が付くと思います。

この作業は推敲の積み重ねの作業で、「ちょっと間延びしているな」とか「ちょっとせっかちだな」とか感じながら、テンポの「微調整」をする中で、自分なりにピタッとくるテンポの感じがみえてくると思います。そこまで行ってから、自分がどんなテンポ設定をしたのか、と振り返ってみると、逆にそこから自分がテンポを揺らすことで表現しようとしたものがはっきりみえたりもします。

自分の演奏を聴く相手に、そのようなテンポ変化の意図まで伝えようとするのであれば、こういう意識化の作業は避けて通れないと思いますね。
by violink | 2005-09-30 21:02 | Tempo

弾き出した瞬間の「音圧」について

長い間、「音の立ち上がりのクリアさ」としてイメージしてきた、弾き出した瞬間の音のイメージですが、最近は、「響きを持った音」とか「音圧」というイメージで捉えた方がしっくり来るように感じています。

音が立ち上がる瞬間が大切なのは、その瞬間からきちんと音が始まる必要があるからで、その「始まった音」のクォリティこそが重要だということに気づいたからだと思います。これも、先日のメモでご紹介したタイムドメインのスピーカーから出てくる音を聴いたことによる部分が大きいです。

弾き出した瞬間から音にエネルギーを持っていることによって、遠くまで何を弾いているのか、細かいところまできちんと届いて聞こえるのだと思います。そういう音のイメージを持ちながら、弾き出す瞬間に神経を集中するようにすると、上手く行ったかどうかが瞬時に分かるようになりますし、その結果として、実際に上手く行くことも多くなるだろうと思いますね。この点は、往年のジュリアード音楽院の名教授であったガラミアン氏の言う「批判力を持つ耳が重要だ」という話とオーバーラップする部分があると思います。

まあ、「楽器が良く鳴っている」というのも、要は、これと同じことを言っているのかも知れませんが、案外分かったようで分かりにくい表現なので、別のキーワードを使ってみました。
by violink | 2005-09-27 10:18 | Sound

外向きの音 vs 内向きの音

誰でも、自分の感情が人に向かっていると思うことや、逆に、自分の内側に向かっていると感じることがあると思います。そういう感情を音で表現しようとするとき、それは、外向きの音や内向きの音で表現することになるのだと思います。

この外向き、内向きのニュアンスは、ダイナミクスとも違い、また、明るさ暗さとも違うものです。向きが違うだけで、ダイナミクスは一緒かも知れませんし、いずれも明るい(暗い)ニュアンスだったりもします。

この「音の向き」のようなものをどうやって表現するか、、、そのヒントになると僕が思っていることは、指板寄りのところの弾き方です。駒寄りと比べて、指板寄りのところは、弓に重みを乗せると音がつぶれやすいことは、やってみればすぐに分かることですが、そんな中で、音がつぶれるつぶれないのギリギリのところでコントロールしてみると、独特の抑制の利いた内なるエネルギーを秘めた感じの音がすると思うのですね。

駒寄りの音のエネルギーが外向きだとすれば、この指板寄りの音は内向きのエネルギーを表現しているように、僕には感じられます。このニュアンスを自分の表現のパレットに最近加えつつあります。

こんなことも含めて、自分の楽器を相手に、どんなことをすればどんなニュアンスの音がするのか、時間のあるときにいろいろ試してみると、音のパレットを豊かにすることに役立つと思っています。。。
by violink | 2005-09-25 22:00 | Sound

<番外編>匿名性のない音楽(その2)

有楽町のHMVで何気なく手に取り、試聴したCDです。。。

最近人気の「のだめカンタービレ」のメインキャラクターである千秋真一とその仲間たち、R☆S(ライジングスター)オーケストラが、何と、ブラームス交響曲第一番をレコーディングしたのだそうで。架空の指揮者とオーケストラじゃないですかー、と思うとともに、実際は誰が演奏しているのかなー、と。

演奏内容はすがすがしく爽やか。ただし、やや無機的な感じです。水に喩えるならば、ミネラルウォーターというよりは電解還元水ですかね。。。どこまでも毒気のないブラームスでした。

カップリングで収録されているドヴォルザークの交響曲第8番の第1楽章が、これまた面白いですねー。スコアをいじった間違い探し用の演奏とスプラフォン版に基づく演奏が入っていて、比較してみると面白いと思います。間違い探し用は、やはりどことなく違和感ありです。

僕は常々、こういう間違い探しというか、和声進行をわざと変えたような演奏がいろいろな曲で出てくるといいのになー、と思っているもので。。。今回これに出会えて大変幸せでしたー。

さて、文体も元に戻して本題です。。。

このCD、実際の演奏者は明らかにされていないものの、架空の演奏者はしっかりと明示されていて、そこに匿名性のない音楽の新たな一面を発見したんですね。逆に言えば、架空の演奏者を立てて、そのキャラクターをハッキリ打ち出した上で、そのキャラクターを生かした演奏を、その架空の演奏者の演奏として世に出す。。。というのは、大変面白い試みだと思うんですね。演奏者自身が自分により身近なものになるからです。

自分がその人となりをよく知っている演奏者の演奏を聴くような感覚に、ふと囚われるところが面白いと思いました。匿名性のない音楽の性格を逆に利用したと言えるかも知れませんね。
by violink | 2005-09-24 12:42 | Others

<番外編>画家と演奏家の視点

昨日、練馬区立美術館へ、佐伯祐三という画家の展示会を見に行ってきました。大正から昭和初期に主にパリで制作に励み、30歳という短命で世を去った僕の大好きな画家です。その佐伯祐三の作品が約140点も集まる展示会は、東京では27年ぶりだそうです。

その作品群の中に、パリのノートルダム寺院を題材として、一日のいろいろな時間帯に同じ場所を描いたものがありました。そこで、モネがルーアンのノートルダム大聖堂を一日のいろいろな時間帯に描いたものをふと思い出しました。二人の描いた対象は違うにせよ、建物自体よりも光の違いこそが共通のテーマだったのではないか、と思いました。

言うまでもなく、我々が見ている色は、大抵の場合は光の反射を見ているわけですから、画家の描く絵の根底に、光というものに対する意識があっても当然だと思います。その光の移り変わりを描いたといわれるモネの上述の作品を見たときには、光という我々が見るものの根底にあるものをテーマとしていたことに、僕自身、少なからぬ衝撃を覚えたものですが、今回また同じ経験をすることになりました。

さて、画家にとっては光、演奏家にとっては。。。? それは音自体が持っているコクというか味というか輝きであろうと、僕は思います。明るい音とか暗い音とか、いろいろなニュアンスの音がある中で、無味乾燥ではない音というと淋しくなりますが、そうではない音、作曲家が自分の作品を作るときに自分のイメージの中で鳴らしていたであろう実のある音、そういう音を表現するのが、演奏家冥利に尽きることではないかと想像します。

色が多種多様であるように、音も多種多様です。そして、色が色であるためには光が必要であるように、音が音であるために必要な何かがあるのだと思います。そしてそれは、色ほど自然に得られるものでなく、やはり演奏家が作っていかなければいけないものなのだと思います。

こう思いを巡らすと、色から音、音から味や香りと、話がどんどん広がって行きそうですので、今回はひとまずこの辺でペンを置く(?)ことにしたいと思います。。。
by violink | 2005-09-24 07:19 | Others

弓を返した直後の音の立ち上がり

楽器をきちんと鳴らすためには、弾き出すときに音をきちんと立ち上げる必要があることは、以前のメモでも書いたと思いますが、その「音の立ち上げ」について、初めて弓を置いて弾く音と、弓を返して弾く音とでは、多少違うイメージで捉える必要があると思っています。

それは、弓を返した直後の音を弾くときは、楽器は既に振動しているので、初めて弾き出す音のときほど、立ち上げに苦労する必要がないはずだということです。更に言えば、立ち上げに苦労するとすれば、それは弓を返すときに楽器の響きを殺してしまっている可能性があると思います。

特に、スラーのフレーズが上手くつながらないような場合、弓を返した直後の音の立ち上げが上手くいっていない可能性があると思います。それは、楽器の響きを殺してしまっているか、あるいは、響きを殺してはいないもののことさらにアタックをつけてしまっているかのどちらかだと思います。

前の音できちんと鳴っているその楽器の振動を上手く引き継ぐ、というイメージでやると上手く行きやすいと思いますね。尤も、そのためには前の音がきちんと鳴っていなければいけませんが。。。(笑)
by violink | 2005-09-24 06:57 | Bowing

<告白編>匿名性のない音楽

ITが発達して、ネットでのコミュニケーションが普通になる中で、1軒のショップが相手にする客の数は膨大になり、見知らぬ人同士のやりとりも活発になっている世の中であっても、音楽の世界は、スポーツなどと同様、コンテンツがITによって影響を受けない世界の一つだと思っています。

マルチメディアの時代になっても、ブログが発達しても、僕たちが求めるのは、ある演奏家によるある楽器の演奏であり、それはある日ある時、その瞬間だけになされるものですね。均質なサービスとはほど遠く、また、演奏者の方はインタラクティブな感覚でコンサートに臨んでも、聴く僕たちの方は一方的に受け取りに行く世界。

誰が弾く何の曲なのか、それを明確に把握してからコンサートに出掛け、CDを購入する匿名性のない世界。同じ曲の演奏を別の演奏者で聴こうとするのが、「繰り返し」と思わない世界。それは、演奏者毎の演奏の違いを善し悪しでなく、多様性として受け取ることが自然に出来ているということなのでしょう。

人それぞれ個性があり、だからこそ、時にはぶつかり傷つく。。。という当たり前の人間関係が、心地よくない人間関係は避ける、という方向に向かってしまっている現代に生きる人間の一人として、音楽を聴くことで人間の多様性を連想するのは僕だけでしょうか。。。

そして、顧客本位のマーケティングがこれだけ普通になった世の中で、顧客(お金を払う)がお店(演奏者)に対して、尊敬を、憧れを、そして時には畏敬の念を抱きながら、サービス(演奏)の提供を受ける数少ない世界の一つなのだろうと思います。

ともすれば希薄となり、また失いがちなものに、音楽の世界に生きる中で曲がりなりにも自分自身をつなぎ止めておきたい、と感じる今日この頃。そして、音楽の世界は、人間の本来の何かを取り戻すきっかけを与えてくれるものと信じてもいて。

人間、失うということは一瞬に起こるとは限らない。むしろ、実は徐々に失うからこそ、失い切るまで気づず、気づいたときには時すでに遅し、ということが多い。そういう自分も無意識のうちに何かを失いつつあるに違いない。。。(笑)
by violink | 2005-09-19 07:36 | Others

<番外編>スピーカーの違い

最近、人に勧められて購入したスピーカーでCDを聞くようになってから、CDを聞く頻度が大幅に増えました。というのも、そのスピーカーから出てくる音がリアルで、まるでその場で演奏しているような音を聞かされているからなのです。

タイムドメインという日本のメーカーが作っている小型・廉価なスピーカー(左右ペアで2万円でお釣りがきます。)で、iPodに接続すればちょうどいいような大きさ、デザインなのですが、その小型スピーカーがCDから送られてくる信号を全身でしっかり受け止めて、自ら振動して送り出してくる音に、衝撃を受けました。

音というものはエネルギーの塊であって、フォルテとは、大きい音ではなく力強い音だということが、理屈でなく聞こえてくるんですね。それはまさに、ライブでしか味わえないものだったと思います。音の解像度のような概念を超えた、実際の演奏の「再現」というのではなく、まさに、その場で演奏が繰り広げられているような錯覚に捉われるほどでした。

音に対する自分のセンスを磨いていくために、こういうスピーカーで名演奏を聴き続けたら、さぞかし勉強になるだろうと思いました。

どうやら、スピーカー製作の世界にも、「音作り」ということがありそうですね。。。
by violink | 2005-09-11 15:01 | Others

<番外編>バイオリンに求めるもの

今回のタイトル、とても漠然としていますが、実はわざとそうしたんですね。。。

バイオリンに求めるもの、、、音でしょうか、それとも優雅な演奏姿でしょうか。
それとも。。。インテリアとして、美術品として、先祖代々伝わるお宝として。。。

過去450年以上にわたって、多くの人々が、様々な思いを抱きながら、
バイオリンという楽器に触れ、バイオリンを受け継いできました。

そういう歴史の途中に、僕たちが存在します。巨匠イブリ・ギトリスの言葉だったでしょうか、「我々が担っているのは、バイオリンの長い長い一生のごく一部でしかない。」

子供の頃に、ふと考えたことがあります。
今、この瞬間、自分がタイム・マシーンに乗ったとして、
時間が逆戻りを始めたとしたら、、、

自分の周りのものがどんどん消えていき、自分が消えて、周囲の環境がどんどん変わっていくのに、バイオリンはそのまま残っているという光景。。。古いイタリアの楽器であれば、メディチ家の応接間にたどり着くかも知れません。そして、アルプスの森の中の一本の木へと戻っていくのかも知れません。

そんなことを想像しながらバイオリンと向き合っている時間が、何と楽しかったことか。。。残念ながら、その楽しさを共有する相手が、子供の頃の僕にはいませんでしたが。。。

大人になって思考が現実化すると、楽器のケースを開けるのは弾くときだけになってきます。弾くことに気持ちが焦って向かっている。。。と思うことが、自分でも時々あります。でも、たまには、楽器そのものと向き合う時間が欲しいですね。

昔見たビデオで、ハイフェッツが楽器をケースから取り出すシーンを、今でもよく覚えています。ダブル・ケースの中に、シルクの袋に収められた2つの楽器。そのうちの一方の楽器を取り出して、その裏板をしげしげと眺めるハイフェッツ。。。

みなさんは、隅から隅まで、自分の楽器のことを知っていますか?形、色合い、大きさ、などなど。。。機会があれば、楽器ケースを開けてから、しばらく楽器を眺めてみては如何でしょう。何か感じると思います。。。

いわゆるコレクターと呼ばれる人たちは、その「何かを感じる人たち」の代表選手なのかも知れませんね。。。
by violink | 2005-09-06 21:14 | Others