作者自身の頭の整理のためのメモです。その時々の思いを綴っていきますので、過去記事と内容の重なりがあるかも知れません。(リンク・フリーです。) Photos in the articles: Courtesy of Tarisio Auctions
by violink
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<音楽という言葉>曲の終わりの緊張感

どんな曲でも、曲の終わりは、終わりらしい響きで終わっていますね。和声で言えば終止形です。問題は、その最後の終止形の和声はどこから始まっているのか、どこから始まっていると考えるのか、ということです。

曲にもよりますが、この「どこから」は、短く捉えることもできれば、長く捉えることもできる場合があり、どちらで捉えるかによって弾き方も変わってくるんですね。また、どちらで捉えるのもあり、という場合もあれば、短く捉えると音楽がダレて聞こえるので長く捉えた方がよい、という場合もあると思います。

例えば、ブラームスの交響曲第4番の最終楽章の終わりの部分です。ストバイの上行音型がEの音で終わる301小節目の1拍目でこの曲は実は終わっているように、私には感じられるのです。でも、301小節目から最後までまだ11小節も残っています。これは一体何なんでしょう?

よく見ると、一部例外もありますが、ほぼ1小節毎(1拍目)に終止形の和声が、これでもかこれでもかというように登場しています。そして、305~最後の小節で最後の仕上げをしています。要するに、これは、「この曲はここで終わりです」ということを散々強調しているのではないでしょうか? 

これが長く捉えた場合の見方です。逆に、短く捉えた場合はどうなるでしょうか。最後の2小節にあるロングトーンが終わりを意味するという捉え方です。和声的には、そうも捉えられますが、そうすると301~309小節は何なんだ?ということになりますね。終わりを意味せずに何を意味するんだ?と。終わり以外の意味を込めようとしても、なぜかあまり上手く行きません。冗長に聴こえてしまいます。

そこで、ここは長く捉えて、恰も11小節かけて終止形の和声のロングトーンをやっているかようなイメージで、私は演奏したいのです。となると、この11小節間の中で、テンポの停滞があってはいけません。最後まで一気に行ってしまいます。

それから、終止形のイメージですが、ブラームスは311~314小節にみるように、3拍目という終止和声でないところにスフォルツァンドをつけていますね。終止和声を強調してはいないのですね。割とあっさりとしたイメージですね。とすると、1拍目が終止形だからといって、1拍目で重くなってはいけないのでしょうね。

さて、11小節もかけたロングトーンとなると、これは大変な強調の仕方ですね。「ここでこの曲は終わりです」と何回言ったことになるんでしょうか。とにかく、そういうイメージなのだと私は思います。逆に、割とあっさりした雰囲気でこれを強調することができる演奏になる限りにおいて、細かいところの処理の仕方ということについては、いろいろ幅があってよいように思います。

ちなみに、ブラームスの他の交響曲について同じ目で眺めてみると、第1番は11小節、第2番は13小節、第3番は9小節となりますね。実際にはもちろんロングトーンなどではなくて、主題の一部を巧みに織り込んだ「心憎い」終わり方になっています。
by violink | 2004-09-01 09:14 | Interpretation
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