作者自身の頭の整理のためのメモです。その時々の思いを綴っていきますので、過去記事と内容の重なりがあるかも知れません。(リンク・フリーです。) Photos in the articles: Courtesy of Tarisio Auctions
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<番外編>ゲヴァントハウス弦楽四重奏団

昨日、紀尾井ホールで聴いてまいりました。

200年近くの歴史を持つ弦楽四重奏団による、伝統的なスタイルに忠実な、格調高い演奏でした。。。と、一言で言えばそうなりますが、僕が何しろ感動したのは、伝統的なスタイルの中にも散りばめられた色彩感覚のようなものに対してだったと思います。

ベートーヴェンというと、やはりスタイルがまずあるでしょうし、そこから大きく外れる演奏をしないように、と演奏する側も気をつけるでしょうし、また、聴く側にも、演奏者がそのことに神経を使っていることが聞えてしまったりもします。

しかし、スタイルというものは独り歩きしやすいものだと感じたのですね。本来は、色彩感を含めてスタイルなのでしょう。画家の絵と同じですよね。構図とか色彩とかが全体としてその画家のスタイルになっていると思います。ところが、形式ばったものに当てはめようとするあまり、そうした躍動感のようなものが抜け落ちてしまうことが多いのだと思います。スタイルが独り歩きした結果ですね。

「○○さんらしい。。。」という言い方を、僕たちはよく聞きますね。自分が持っている○○さんのイメージとピッタリくるときに、思わず出てしまう言葉だと思います。ところが一方で、「○○さんにもそんなことがあるのか。。。」という言葉も、劣らずよく聞くものです。言いたかったことは、ひとつのスタイルの中にも意外性というものが許容されているということで、少なくとも、個々の人間に対して僕たちが持つイメージに関しては、そういうことが現実にあるわけです。

さて、話を戻すと、音楽にもそういう側面があるのではないかと、ゲヴァントハウス弦楽四重奏団の演奏を聴きながら感じたのですね。もちろん、実際には意外性といってもごく少量のスパイスのようなものだと思います。逆に言えば、スタイルがきちんとしているからこそ、少量のスパイスがピリリと利いてくるとも言えると思います。

人間でもそうですよね。意外性というのは、逆に、意外でない部分がはっきりとあるからこそ意外なのであって、そうでなければ何が普通で何が意外かも区別ができないですよね。

スタイルがきちんとしているので、少量のスパイスが意外性を表現する。そして、それは少量であるからこそ、スタイルの中にきちんと納まる。。。ということを感じました。尤も、このことは、何も目新しいことでもなく、既に、いろいろな言葉で表現されてきたことだと思います。

さて、そういう目でみて、弾く人間として特に印象に残ったのは、第一バイオリンに随所に出てくるいわゆる「早回し」的なフレーズのこなし方です。ガシガシと一音一音しっかり立てて弾く、というのでなく、むしろ音と音との区切れは最低限にしてサラサラと弾いていく、という感じです。

音符の細かいところが主役とは、必ずしも限らないということなのですね。技術的なこともあって概して目立ってしまいがちなのですが、そう弾かなくてもぜんぜん違和感がない、というか、そう弾くものではないのだな、と思えました。

言葉にならない部分も含めて、大変いろいろなことを感じさせてくれました。伝統のある弦楽四重奏団だけあって、チェロの方は1973年からやっているそうです。32年間というのは、サラリーマンで言えばほぼ終身雇用期間の全体ですよね。それを同じ「ポスト」で勤め上げてきたとは。。。こういうところにも、音楽の奥の深さ、無限にある探求のネタということを感じました。
by violink | 2005-12-12 06:54 | Concert
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