作者自身の頭の整理のためのメモです。その時々の思いを綴っていきますので、過去記事と内容の重なりがあるかも知れません。(リンク・フリーです。) Photos in the articles: Courtesy of Tarisio Auctions
by violink
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音程への神経の使い方

バイオリンという楽器は、音程を自分で作る楽器なので、正しい音程の音を出すということに関して、音が出る瞬間まで気が抜けない面がありますね。この点は、ピアノと大きく異なると思います。

また、音が出る瞬間に神経を張りつめているかどうかによって、音程をアジャストするのにかかる時間が違ってきます。神経を張りつめて、正しい音程を頭の中で鳴らしながら弾くかどうか、ということですね。

こういう緊張感をもって弾いているかどうかは、人の演奏を聞いていても何となく分かることがあります。ある意味では、バイオリンらしい音は、このような緊張感を伴っていることで初めて出てくる、という言い方もできるのではないかと思ったりもします。

しかし、弾いている間ずっと神経を張りつめていると、無用に疲れますので、緊張感のコントロールが大切でしょうね。
by violink | 2006-03-09 12:42 | Pitch

音楽表現のイメージ

表現というものは、表現する人がいて、表現したいという欲求があって、表現されて、それを受け取る人がいて、初めて成立するものですね。表現する人、表現を受け取る人の、少なくとも2人以上の人間が関わる行為だと言えます。

人が違うと何かと違いますよね。同じ言葉を使っても、同じ風景を見ても、同じものを食べても、全く同じ受け取り方をすることは皆無ですね。それには、性格の違いもあるでしょうし、生きてきた環境、経験の違いもあるでしょう。

そういう中で、音楽を使って自分が表現したいと思うことを、ピンポイントで伝えるのは、ほとんど不可能ではないかと思っています。そして、自分が表現したいことに近いものを相手が受け取ってくれるかどうか、ということが次に来ますね。

優れた芸術作品は、音楽であれ絵画であれ、多くの人を魅了するものです。それは、音楽の巨匠、絵画の巨匠の表現した世界が、人生経験その他いろいろな違いのある人々からみて、人によって違うとしても、何らかの感銘を受けるだけの広さ、深さ(=異なる立場からみても感銘を受けるような)を、その作品が持っているからだと思います。

さて、次元はずっと低くなりますが、僕たちが音で表現するという場合でも、やはり、表現の背景に持つ世界は出来るだけ広く持っておきたい。作曲家が楽譜を通して表現しようとしたことを、楽譜から読み取るというより、楽譜を介して垣間見るというような、そういうイメージで作品と向き合いたいと思うこの頃です。

そういう目線でいろいろな演奏を聴いてみると、音としての処理の仕方は違っていても、背後にある世界は共通しているな、と思える演奏が随分あるものです。音を通じて直接感じ取れる部分と、音から察して間接的に感じ取れる部分との振り分けが、演奏家によって違うということなのではないかと思っています。
by violink | 2006-03-03 06:40 | Expression

聴けるテンポでの練習

こういう言い方はよくされるのですが、ここでは少し違う意味のことを書こうとしています。

普通、「聴ける」というのは、楽譜通りに弾けているか聴ける、ということで、音程、リズム、テンポなどなど、いわば、楽譜上の情報を正しく音に置き換えられているか、という観点から「聴けるかどうか」に注目しています。

これは、WHATの世界であるのに対し、HOWの世界に目を向けてみたいと思います。

HOWとは、ここでは、音の役割ということです。最も分かりやすいところではメロディーと伴奏、更に踏み込めば和声同士の関係、装飾的な音とコアである音、などといった捉え方ができると思います。残念ながら、音の役割については、楽譜の中には明示されていません。それだけ、音符の並び方をみれば自明ということなのでしょうが、WHATの練習では、なかなかそこまで辿り着かないものです。

このように、WHATの練習に比べ、HOWの練習は、はるかに複雑なので、処理すべき情報量、こなすべき思考プロセスが増大すると思います。尤も、これには慣れの面もあるので、慣れてくれば時間をかけずにできるのかも知れません。

また、聴けるテンポという点でも、WHATの練習よりもHOWの練習の方が、ゆっくりしたテンポでやる必要があります。希代の伝説的なピアニストである田中希代子さんという方は、弾いた音が消える瞬間まで聞き届けることを生徒に求めた、という話もあります。

行き届いた演奏を目指す人にとっては、そういうHOWの練習が不可欠なのだろうなと、最近は何かにつけて感じるようになりました。それだけ、優れた演奏に接する機会が増えたということかも知れません。
by violink | 2006-03-02 06:38 | Practise

多重の動きへの慣れ

バイオリンは基本的には単音楽器で伴奏付で演奏されることが多く、伴奏はピアノなりオケなり、自分以外の人が担当するので、どうしても、自分のパートだけに注意が向きがちになりますね。

これがピアノではそうは行かず、右手と左手で複数のパート(場合によっては5パートとか。)を弾き分けていたりしますので、ピアノ弾きの頭の中では、それだけのパートが同時発音する場合も含めて、音情報が処理されているのでしょうね。

この違いが、長年の楽器のトレーニングの中で、音楽を捉えるセンサーの感度という点で、大きな差になっていくような気がしています。バイオリン弾きの場合は、恰も自分が3本手を持っていて、右手でバイオリンのメロディーを、中手と左手で伴奏を同時に意識する、というような感覚を持ちながらやっていかないと、永遠にピアノ弾きのセンサーには太刀打ちできないと思います。

デジタルピアノの同時発音数の性能の違いみたいなものでしょうかね。

自分が知っているピアノ曲の楽譜をみながら、頭の中で実際の音を鳴らしていくというトレーニングは、バイオリン弾きがそういう感覚を養うためにとても有益だと思っています。

話は飛びますが、そういう目でショパンの舟歌の楽譜を眺めたりすると、聴いているだけでは分からない規則性のようなものがみえたりします。革命のエチュードの右手の下行音型もそうですね。面白いものですね。
by violink | 2006-03-01 06:37 | Practise